「鉄道と美術」はそこはかとなく相性がいい理由 鉄道は当世風俗を映し、人々の心を支えてきた

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不染鉄《山海図絵(伊豆の追憶)》(1925年、公益財団法人木下美術館蔵)展示風景(撮影:小川敦生)

不染鉄の《山海図絵(伊豆の追憶)》は、鉄道を描いた絵画としては少々異色だ。富士山を中心に、太平洋から日本海までの広い地域を俯瞰した作品だ。一見古風な風景画の系譜にあるように見えるかもしれないが、実はずいぶん違う。これほど広い範囲を俯瞰するのは現実的ではないし、太平洋の描写の中には、泳いでいる魚の姿が見える。なかなか破天荒な絵画なのである。

さてこの絵で鉄道はどこに描かれているのか。掲載した写真では判別が難しいかもしれないが、それは画面のほぼ中央部にある。富士山の手前のふもとにごく小さく、でもしっかりと汽車と駅舎が描かれているのだ。現実に存在しているものをそのまま描くばかりが美術作品ではないのは、もはや説明不要だと思うが、画家の心の中にしかと存在しているものが明確に描かれていれば、それが小さなモチーフであっても、自ずと目は吸い寄せられるだろう。

Chim↑Pom《LEVEL7 feat.『明日の神話』》(2011年、岡本太郎記念館蔵)展示風景(撮影:小川敦生)

アーティスト集団Chim↑Pomの《LEVEL7 feat.『明日の神話』》は、鉄道を題材にした絵画ではなく、駅に設置されたものである。モチーフは、2011年3月の東日本大震災に際して福島第一原子力発電所で起きた事故だ。もともと東京の渋谷駅構内にあった岡本太郎の壁画《明日の神話》の上に、まるで絵の一部を改変するように無断で設置した彼らは、書類送検された(ただし、その後不起訴処分になった)。

この絵は、《明日の神話》が駅にあったからこそ生まれた作品ともいえる。駅のようにオープンで誰でも入れる場所でなければ、ゲリラ的にこの絵を《明日の神話》の上に設置するのは難しかっただろうし、多くの人が往来する場所だったからこそ、Chim↑Pomは設置の意義を感じたと推測される。

こうして鉄道に関わる美術作品の数々を見ていくと、社会の中で重要な役割を果たしてきた鉄道自体が、ただ人や物を運ぶためだけの機能的な存在ではなく、人々の心を支えてきたことがだんだん見えてくるのではないだろうか。

小川 敦生 多摩美術大学教授

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おがわ・あつお / Atsuo Ogawa

1959年生。東大文学部美術史科卒。日経BPの音楽、美術分野記者、『日経アート』誌編集長、日経新聞文化部美術担当記者などを経て、2012年から現職。近著に『美術の経済』。

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