太宰治が描いた「源実朝」「北条義時」その人物像 大河ドラマで描かれる義時の性格との共通点も

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さて、近習は実朝の前述の言葉を聞いて「このお言葉の有難さ。やつぱりあのお方は、まるで、づば抜けて違つて居られる(中略)なんといふ秀でたお方でございませう。融通無碍とでもいふのでございませうか。お心に一点のわだかまりも無い」と絶賛するのでした。

同書には、北条義時も登場してきますが、近習は、義時や政子のことを、「それこそ竹を割つたやうなさつぱりした御気性のお方でした。づけづけ思ふとほりの事をおつしやつて、裏も表も何もなく、さうして後はからりとして、目下のものを叱りながらもめんだうを見て下さつてさうして恩に着せるやうな勿体を附ける事もなく、あれは北条家にお生れになつたお方たちの特徴かも知れませぬ」などと評す一方で「思ひ切つて申し上げるならば、下品でした」と非難もしています。近習はその「下品な匂ひ」が後年のさまざまな悲劇に繋がったのではと予想しています。

その部分では、悲劇が何を指すかは記されていませんが、和田義盛との和田合戦(1213年)、承久の乱(1221年)などを指していると推測されます。後の文章で、近習は義時を「奇妙に人に憎まれるお方でございました」「人の言ふほど陰険なお方のやうでもなく、気さくでへうきんなところもあり、さつぱりしたお方のやうにさへ見受けられましたが、けれども、どこやら、とても下品な、いやな匂ひがそのお人柄の底にふいと感ぜられて」と批判している。義時のことを「暗い」「陰気」とまで評しています。

ドラマでも「辛気臭い人物」と言われる

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の中でも、義時の妻・のえ(伊賀の方)が、夫(義時)のことを辛気臭い、陰気と陰口を言う場面がありましたが、脚本家の三谷幸喜氏は、ここから着想を得たのかもしれません。

近習は、特に承久の乱における北条氏の対応(官軍と戦をし、戦後、3上皇の配流)を「愚かしい暴虐」としています。実朝は朝廷に心を寄せ、作中で「叡慮(天皇のお考え)ハ是非ヲ越エタモノデス」と述べている。

京の賀茂川堤の修築が、朝廷から幕府に割り当てられた時「幕府大事」の義時が、それに対し、苦情を申し上げる。議論が紛糾したところで、実朝が前掲の一言。実朝の言葉を聞いた近習は、実朝と義時とでは「そのお心の御誠実と言ひ、御視界の広さと言ひ、御着想の高さと言ひ、御気品と言ひ、まるで数十段のお差がある」と実感したといいます。このように太宰の『右大臣実朝』の中では、実朝と義時が、対照的に描かれているのです。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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