ロシア軍・ヘルソン市撤退で動揺不可避のプーチン 米欧はウクライナへの越冬支援強化に動く

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その一環として、米欧は中国やインドに対し、核兵器の使用や脅しをやめさせるためロシアを説得してほしいと外交的圧力を掛けているといわれる。とくに中国に対しては、国名を出さない形でも構わないので核兵器使用に反対するよう呼び掛けていると囁かれている。

中国の習近平国家主席は2022年11月4日の北京でのショルツ・ドイツ首相との会談で、ウクライナでの「核兵器使用や脅しに対し共同で反対する」との異例の共同声明を発表した。この声明はロシアには言及しておらず、米欧の圧力が奏功した可能性もある。

撤退はロシア側の「善意」か?

一方でロシアの今回のヘルソン撤退決定の裏にも、実は外交的思惑があるとの指摘もある。撤退について、戦闘回避に向けたロシアの善意の表れと一方的に強調することで、停戦交渉に向けた国際的な機運醸成につなげるという狙いだ。

これに関しては、ほかにも筆者が注目している点がある。2022年10月10日からロシアによるミサイル攻撃が続いていたウクライナの首都キーウでは10月31日以降、11月10日までの時点でイラン製ドローンやミサイルによる空襲がやんでいることだ。単なる偶然かもしれないが、気になるところだ。

しかし、軍事的苦境からの脱却を図るこうしたロシアの思惑をよそに、ウクライナはさらに占領地奪還を進める構えだ。先述したメリトポリ以外にもドネツク州の要衝マリウポリの奪還も図る可能性がある。マリウポリはアゾフ海に面した港湾都市で、ここを奪還すれば、ウクライナ軍が反転攻勢後、初めてアゾフ海に到達することを意味する。

メリトポリやマリウポリからは、クリミア半島へのミサイル攻撃も可能になる。軍事筋は今回のヘルソン撤退決定によって、ウクライナ側の奪還計画の進行が「3週間程度早まるだろう」との見方を示す。この言葉通りであれば、2022年11月から12月に掛けて、ウクライナの奪還攻勢は新たなヤマ場を迎えることになりそうだ。

一方で先進7カ国(G7)は2022年11月初めにドイツ西部ミュンスターで開かれた外相会合で、ロシアにウクライナ侵攻の即時停止を要求する一方で、ウクライナの越冬支援を約束する共同声明を発表して、ゼレンスキー政権をあくまで支える姿勢を示した。

これに関連して、2023年にG7議長国になる日本政府は、早期の停戦交渉を求めるロシア側に耳を傾けがちなグローバル・サウス諸国に対し、G7唯一のアジア勢として日本が単独で、より積極的にロシアによる侵攻の非道さとウクライナ支援の必要性をアピールすべきではないか。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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