世界に紅茶を知らしめた「リプトン」のすごい手法 今のSNSに通じる抜群のマーケティング力

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紅茶、リプトン
紅茶王リプトン氏はいかにしてリプトン紅茶を世界に広めたのか(写真:Andrew Burton/Bloomberg)
19世紀、イギリスでは一般の人々のあいだにも紅茶が広まった。その背景には、今では世界的となったブランドの存在があった――。本稿では、「紅茶留学」を経て、25年にわたり日本有数のティースペシャリストとして活躍する藤枝理子氏がビジネスパーソンが知っておくべき紅茶の歴史について解説する(本稿は、藤枝氏の著書『仕事と人生に効く教養としての紅茶』より抜粋・編集を加えたものです)。

イギリス貴族が憧れた日本趣味

19世紀のヴィクトリア時代、華やかなアフタヌーンティーという紅茶文化を開花させたイギリス。初期の頃、貴族のお茶会は午後5時頃からスタートする流儀があり、“Five O’clock Tea”とも呼ばれていました。

王室公式の行事にまで発展すると、階級を超えてすべてのイギリス人のライフスタイルに定着。時間帯がだんだんと早くなり、1870年代にはアフタヌーンティー(午後のお茶会)と呼ばれるようになり、午後4時になるとイギリス中のケトルが鳴り響き"お茶会社交"が繰り広げられるようになります。

その最盛期に重なるように、ジャポニズム(Japonism、日本趣味)の大旋風が巻き起こります。きっかけは、1862年に開催されたロンドン万国博覧会でした。

開会式には福沢諭吉ら日本の使節団が参加。日本ブースが設けられ、漆器や版画など美術品や工芸品に関心が集まると、鎖国によって長く閉ざされた日本へのエキゾテシィズムも追い風となり、日本趣味がトレンドとなります。

1885年にはロンドンにジャパニーズビレッジ(日本村)が誕生。日本人100名あまりが渡英し、着物を身につけて茶室でお茶を振る舞ったり、漆塗りや浮世絵などの職人技を披露し、延べ100万人以上が来場し大盛況となりました。

さて、同じ時代、1つの紅茶メーカーが産声を上げました。スーパーマーケットに並ぶ黄色いパッケージに赤い文字といえば、Lipton(リプトン)紅茶。

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