日本株がアメリカ株より優位と言える2つの理由 実は日本の賃金もジワジワ上がっている

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単純にS&P500のPER水準に着目すれば、現在の15~16倍という数値はパンデミック発生前と同等ないしはそれ以下であり割高ではない。だが、1.5%を超える実質金利を加味すると、バリュエーション調整(PERの低下)が完了したとは考えにくい。

過去10年に1.5%という実質金利を経験したことはないが、2018年に実質金利が1.2%近くまで上昇したそのときのPERは14倍程度であった。こうして考えるとPERが12~13倍まで低下する可能性はある。現在の予想EPS(236)を前提にすれば、S&P500が3000を割れる事態も想定せざるをrない。

こうした状況にもかかわらず、日本株は何とか持ちこたえている。日経平均株価は2万6000円を一時割れたとはいえ、年初来の下落率は10%前後であり、20%を超えたS&P500や30%を超えたナスダックよりも傷ははるかに浅い。その背景にあるのは、大きく分けると①円安、②内需の2つである。

日米の内需方向感の比較が今後の株価を左右する

円安はマクロ的にみた場合、輸入物価上昇を通じて個人消費に下押し圧力をかけるなどマイナスの影響が指摘されている。だが、評価の対象を大企業製造業が多く含まれる日本株に絞れば、プラス影響の可能性が高いと筆者は考えている(日経平均採用銘柄の6割は製造業)。

言うまでもなく、円安は輸出金額をかさ上げしたり、海外子会社の評価益につながったりするため、大企業製造業はそうした恩恵を受けやすい。そこで日米相対株価(日本株÷アメリカ株)と為替相場を同じグラフに描くと、3月以降の円安進行に伴って日本株の優位性が強まっていることがわかる。絶対水準で見れば、円安でも日本株は上がらないというのは確かにその通りだが、相対株価を見ると円安のプラス影響が浮かび上がってくる。

もう1つの理由は、内需の方向感がアメリカ対比で良いことだろう。アメリカが2021年中にペントアップデマンド(パンデミックによって先送りされた繰り越し需要)の大部分を食い尽くしてしまったいっぽう、日本は経済活動の戻りが鈍かったため、今年になってからようやくペントアップデマンドが発現した格好だ。

実際、9月のサービス業PMIはアメリカが49.2と2カ月連続で50を割れたのに対して、日本は51.9と堅調な領域にある。この内需回復の持続性という点で、筆者が注目しているのは日本の賃金動向である。

ちまたでは「賃金は上がっていなのに物価ばかり上がる」と言われるが、実のところ賃金は上昇基調にあり、代表的な賃金指標である毎月勤労統計によれば2022年1月以降の1人あたりの現金給付総額は前年比プラス1.0~プラス2.0%で推移し、直近値の7月は前年比プラス1.8%と比較的高い伸びが実現している(基本給に相当する所定内賃金はプラス1.2%)。

その他では、名目雇用者報酬などマクロ賃金(1人あたり賃金×就業者数)を示す指標も増加基調にあり、幅広い尺度で改善が認められている。現時点では2020年に減少した反動の域を脱しておらず、物価上昇を加味した実質賃金はマイナス圏にあることから決して十分ではない。だが、それでも堅調な企業業績を後ろ盾に賃金上昇が定着しつつあることは事実である。株式市場参加者はそうした日本のマクロ動向を評価しているのかもしれない。

以上を踏まえ筆者は、当面の日経平均株価は2万8000円に向けて緩やかに上昇していくと予想している。アメリカ株の下落が深くなり、それに巻き込まれる可能性はあるものの、アメリカに比べてインフレによる混乱が小さい日本株は相対的に良好なパフォーマンスが期待できそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

藤代 宏一 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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ふじしろ こういち / Koichi Fujishiro

2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後、第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2015年4月主任エコノミスト、2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当は金融市場全般。

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