地方芸術祭が掘り起こす土地の歴史と感性の融合 「大地の芸術祭2022」に見る農村文化体感の意義

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松尾高弘「Light book -北越雪譜-」
松尾高弘「Light book -北越雪譜-」の展示風景(撮影:小川敦生)

同じく松尾の「Light book -北越雪譜-」は、1837年に出版された書物『北越雪譜』(鈴木牧之著)から、この芸術祭の地域にまつわる文章と挿し絵を抜粋して制作したものだ。ページをめくると、まるで本から文字や絵が流れ出ているかのように、光の図柄が浮かび上がる。この芸術祭においては、現代美術が極めて美しい表現方法で、土地の記憶や文化の深層を掘り起こそうとしていることがわかる。

深澤孝史
深澤孝史特別企画展「秋山生活芸術再生館 ー田口洋美 秋山郷マタギ狩猟映像上映ー」会場風景(撮影:小川敦生)

深澤孝史特別企画展「秋山生活芸術再生館 -田口洋美 秋山郷マタギ狩猟映像上映-」は、芸術という視点では少々異質な内容だ。旧体育館の広いスペースを使い、メインのコーナーでは近辺の地域で古くから狩蝋を営んできたマタギの活動の様子を収録した田口洋美の映像作品が上映され、随所にまたぎが使っていた道具や狩猟の成果物とも言える動物の骨などがオブジェのように展示されているのだ。

少なくとも、いわゆる「現代美術」のイメージとは異なる展示と捉えられるかもしれないが、地域文化に光を当てるこうした試みは、地方の芸術祭では意外な力を発揮する。この企画展を開いた深澤孝史は、全国各地で地域の歴史を掘り起こしてきた美術家だ。歴史系の博物館とは異なる、美術作品ゆえの表現に人々は見入ることになるのだ。

廃校が芸術祭の舞台になる理由

ほかの展示会場にも足を伸ばしてみた。十日町市の中里エリアで展示されている「プールの底に」は、ニューヨークなどを拠点に活動しているアーティスト集団joylaboの作品だ。廃校の敷地にあるプールの底に置いた電子ピアノから、黄色く塗った木の幹などが生えているようにしつらえられている。

来場者はピアノの鍵盤を押して音を出すことができる。作品からはピアノの音のほかに鳥の声などの環境音の録音が聞こえてくる。プール自体が大自然の中にあり、芸術のための装置とも言えるピアノの音や環境音を発するこの作品と向き合うと、人間ははたして自然に対して何をしてきたのかということを考えさせられる。

廃校は数多く芸術祭の舞台に転用されている。「大地の芸術祭」の北川フラム総合ディレクターは、「学校はそもそも地域の中心だった」ことを指摘しており、単なる廃屋の再利用という発想とは別の、求心力を持つ存在であることに着目してきた。芸術祭が眠っていた求心力を目覚めさせられるかどうか、興味深い。

joylabo「プールの底に」
joylabo「プールの底に」パフォーマンス風景(撮影:小川敦生)
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