前代未聞の急激な円安は日本に何をもたらすのか インフレに円安が加わり、しかも低賃金

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どのような経済状態でも、基本的に経常黒字を維持してきた日本経済の常識からすると、大きな変化です。経常収支が赤字の国は、基本的に通貨が売られやすくなりますから、当然、一連の変化は円安要因です。

輸出が弱くなったのは、日本企業の競争力低下に原因があり、すぐに改善することは不可能です。また、原油や食料の価格が上がっているのは世界経済の動きによるものですから、日本側の努力で何とかなるものではありません。そうなると、日本の経常収支を短期的に改善するには、円安がさらに進み、輸出の増加を期待することがもっとも近道となります。

先ほども説明したように、日本メーカーは工場を次々に海外に移転しました。しかし、円が大幅に安くなれば、国内の人件費も相対的に安くなりますから、中国など海外で生産していた製品を国内生産に戻すという選択肢が出てきます。

1ドル=150円が目安になる

製造業がどこでモノを生産したら有利かを示す指標の1つに、「ユニット・レーバー・コスト(ULC)」があります。これは、生産を1単位増加させるために必要な追加労働コストを指しています。仮に1ドル=150円程度まで円安が進むと、中国のULCは日本の1.2倍となりますが、過去の経験則から、ULCの差が1.2倍以上に拡大すると、企業は生産拠点の変更を決断しやすくなります。

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企業の生産が国内に戻れば、輸出が増加し、実需での円買いも復活するので、円安が止まる可能性が見えてきます。あくまで企業の生産拠点と経常収支に着目した数字でしかありませんが、長期的に見た場合、1ドル=150円が1つの目安となりそうです。

インフレは非常にやっかいな出来事です。しかしながら、経済は生き物ですから、多少、時間はかかるものの、企業もインフレに適応し、やがて賃金も上がっていくことが予想されます。

ただ、事業構造の転換には時間がかかりますから、すぐに効果が発揮されるわけではありません。それまでの間は、「自分の身は自分で守る」という強い意志が必要ですし、インフレという“敵”についてよく知っておくことが重要です。

加谷 珪一 経済評論家

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かや けいいち / Keiichi Kaya

仙台市生まれ。1993年東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在、「ニューズウィーク(日本版本誌)」「現代ビジネス」など多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。著書に『新富裕層の研究』(祥伝社新書)、『戦争の値段』(祥伝社黄金文庫)、『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)など多数。オフィシャルサイト http://k-kaya.com/

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