前代未聞の急激な円安は日本に何をもたらすのか インフレに円安が加わり、しかも低賃金

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それは、日本経済の仕組みが以前とは様変わりしたからです。戦後の日本経済は基本的に輸出主導型で成長しており、主役は海外に製品を輸出する製造業でした。海外に製品を輸出した企業はたいてい販売代金をドルで受け取りますが、日本国内の取引先への支払いや従業員の賃金は日本円で行います。

このため輸出企業は受け取ったドルを売り、円を買う取引を行って、日本円を確保しなければなりません。輸出が活発な時代は、輸出企業による「ドル売り・円買い」の需要がつねに存在していましたから、多少、円安が進んだとしても、過剰に円が売られることはありませんでした。

ところが1990年代以降、日本の製造業は競争力を低下させ、以前ほど輸出が好調ではなくなりました。また一部の製品については、韓国、台湾、中国など新興国と価格勝負しなければならず、コスト対策から生産を海外にシフトせざるをえませんでした。工場の多くが海外に移転し、輸出がさらに減少したのです。

海外に設立した現地法人が販売代金として受け取った外貨は、日本に送金されることなく、そのまま現地法人が保有するケースが大半ですから、日本円に両替する取引(ドル売り・円買い)が発生しません。結果として、円買い需要が少ない状態が続いています。

円安はどこまで進むのか?

はたして、今回の円安はどこまで進むのでしょうか。為替はさまざまな要因で動きますから、理論上、明確にいくらになるといった予測を立てることはできません。そこで、あくまで1つの仮説として、日本の経常収支に着目してみます。経常収支は、国の最終的なお金の出入りを示す指標です。経常収支は主に貿易収支と投資収益(所得収支)の2種類で構成されています。貿易収支は、輸出額から輸入額を差し引いたものです。

戦後の日本は積極的に工業製品の輸出を行ってきましたから、貿易収支は一貫して黒字が続いていました。その後、昭和後期から平成にかけて、貿易黒字によって蓄積した外貨を投資に回すようになり、徐々に貿易黒字に匹敵する黒字を所得収支で獲得するようになりました。2005年には、所得収支の黒字が貿易黒字を上回り、日本は名実ともに輸出ではなく投資で稼ぐ国に変貌しました。

ところが近年、急激に進んだ全世界的な物価上昇の影響で輸入金額が増大し、所得収支の黒字では貿易赤字をカバーできないケースが出てきたのです。2021年12月の国際収支は原油価格の高騰などから貿易赤字が拡大し、経常収支は3708億円の赤字に転落しました。

翌2022年1月の経常収支はさらに悪化し、1兆1887億円の赤字となっています。2月以降は黒字を回復しましたが、原油価格や食料価格の高騰が続いていることから、市場では通年でも赤字に転落するのではないかとの声が高まっています。もし通年で赤字となった場合、第2次オイルショックの影響を受けた1980年以来の出来事となります。

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