今後も米国株の「戻り」は限定的になると見るワケ 楽観的な「利下げ観測」はこれからもつぶされる

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こうしたFRBの利上げ見通しを受け、債券市場では2年、10年の年限間において長短の金利の水準が逆転する「逆イールド」が常態化しつつあり、Fedの金融引き締めがオーバーキル(経済を冷え込ませてしまうこと)を引き起こすとの懸念が深まっている。長期金利が(短期金利対比で)低位で推移していることは、インフレが長期化しないとの見通しが債券市場参加者に共有されていることの裏返しでもあるから、この点を重視すれば、今の逆イールド状態は、必ずしも景気後退を示唆するものではない。

しかしながら、長短金利差の縮小・逆転が銀行の貸出意欲を削ぐことで景気後退につながるという伝統的経路には注意を払う必要があるだろう。実際、長短金利差の縮小・逆転に伴い銀行貸出態度(シニア・ローン・オフィサー・サーベイ、銀行の自己評価に基づく貸出態度)は厳格化方向にあり、それを受けて金融市場では低格付け企業の経営が行き詰まるとの懸念から投機的格付け債(ハイイールド債)からの資金流出が観測されている。

また、中小企業からみた貸出態度が悪化していることも重要だろう。NFIB(全米自営業連盟)中小企業調査の質問項目である銀行貸出態度(中小企業からみた銀行の融資姿勢)は、金融機関の貸出姿勢が厳格化方向にあることを示唆しており、今後、資金繰り圧迫が倒産増加を通じて雇用を不安定化させるリスクを浮き彫りにしている。

アメリカ長期金利の上昇圧力がくすぶり続ける背景

平時であれば、Fedはこうした景気後退を引き起こす兆候に注意を払い、金融引き締め度合いを調整する。しかしながら、CPIが8%超と異常値的水準にある現状では、そうした細やかな調整を施す余裕はなく、インフレ退治に一点集中せざるを得ない。結果として、景気の遅行指標であるインフレ率の実績値低下を確認するまで金融引き締めが継続する可能性は否定できない。

アメリカ株は、6月下旬から7月末にかけて10年金利が3.5%から2.6%まで低下したことを追い風に上昇したが、この金利低下の背景には2023年前半にFRBが利下げに踏み切るとの観測があった。

そうした政策金利の見通しは複数のFRB高官によって否定され、8月26日にはジェローム・パウエル議長も「インフレを低下させるために、トレンドを下回る成長が一定期間持続する必要がある公算が大きい。労働市況も軟化する可能性が非常に高い。金利上昇や成長鈍化、労働市場の軟化はインフレを低下させるが、家計や企業に痛みをもたらすだろう」としてインフレ退治が最優先課題であるという認識を改めて示した。

今後、何らかの理由で再び利下げ観測が生じ、それを前提に長期金利低下・株高の構図となる局面はあるかもしれない。だが、その時点でFRBからインフレ退治の勝利宣言が出ていない限り、FRBは再び利下げ観測を潰しにかかってくるだろう。結局のところ、高インフレ終息の兆しが強まるまで、アメリカ長期金利の上昇圧力はくすぶり、アメリカ株の戻りは限定的になるだろう。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

藤代 宏一 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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ふじしろ こういち / Koichi Fujishiro

2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後、第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2015年4月主任エコノミスト、2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当は金融市場全般。

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