「さくら」は映画の中でも何度か登場したが、それらの作品の中で特筆されるのが1960(昭和35)年の「大いなる驀進」(東映、監督・関川秀雄)である。この映画は東京―長崎間の20系「さくら」をドキュメンタリータッチでドラマ化しており、特別列車を仕立ててロケをしたリアルな描写が、今となっては貴重な「さくら」の記録となっている。
筆者はこの映画を見て以来、列車追跡や同乗記の乗務員ドキュメントの参考として取材を続けてきた。いわば筆者の教科書的映画だった。
夜行列車といえば「食堂車」だった
夜行列車の楽しみの1つは食堂車での夕食のひとときにある。当時の「さくら」の食堂車は最新のオシ14形で、明るい雰囲気の車内だった。
定番メニューは日本食堂特製デミグラスソースの〝ビーフシチュー定食〞かカレーライス。「さくら」には一時、長崎の郷土料理であるちゃんぽんや皿うどんの特別メニューも用意されていた。朝食はハムエッグが人気の洋定食と和定食から選べるようになっていた。
昭和50年代、ブルートレイン「さくら」「あさかぜ」の旅
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「さくら」は15時53分に東京駅12番線入線。発車前の
ホームは華やいだ雰囲気に包まれる(撮影:南正時)
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16:25 発車前から専務車掌たちによる車内改札
(当時は検札)が始まっていた(撮影:南正時)
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16:30 東京駅を発車。牽引は下関まで
EF65形500番代が担当する(撮影:南正時)
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中段と上段のシーツやリネン類、浴衣をセットする
(撮影:南正時)
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この日の夕食は特製ビーフシチュー定食。もちろん
食前酒のビールも飲んだけど…(撮影:南正時)
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21:20 名古屋着。この時間にはまだまだ「さくら」に
乗り込む乗客も多い(撮影:南正時)
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7:40 下関着。EF65形500番代はここまで。
折り返しの仕業まで下関機関区で休む(撮影:南正時)
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10:13 佐世保線との分岐駅、肥前山口に到着。ここで
佐世保行きの9~14号車を切り離す(撮影:南正時)
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11:48 長い旅路を終え、「さくら」は11時38分に
長崎駅に到着した(撮影:南正時)
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「あさかぜ1号」。18時25分、夢を乗せて
東京駅から旅立った(撮影:南正時)
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通路の両側に2段寝台が並ぶプルマン式の
A寝台(寝台セット前)(撮影:南正時)
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A寝台個室の内部。昼間時の座席もゆったり
しており贅沢な旅が楽しめた(撮影:南正時)
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当時もやはり窮屈さはぬぐえなかったB寝台の
下段。ベッド幅は52センチだった(撮影:南正時)
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食堂車は日本食堂の”車上勤務”といわれた
人々が担当していた(撮影:南正時)
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下関まで牽引したEF65形500番台は下関機関区で
上り東京行き「あさかぜ」まで待機する(撮影:南正時)
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