積極財政派を増長させた財務省の巨大なジレンマ 国債の円滑消化が財政のコスト意識を希薄化

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それは、国債発行コストが半永久的にゼロであるとの認識を、積極財政派に植え付けたことである。相当に苦労した国債の円滑消化という政策努力を払っているにもかかわらず、それがあたかも当然視され、国債増発のコスト意識の麻痺という帰結をもたらしたとは、何とも皮肉である。

国債の円滑消化は、国債残高が増えれば増えるほど難度が上がる。1998年度は、1年間に60兆円にも満たない国債を発行市場で起債すればよかったが、コロナ禍でさらに増大して今や1年間に200兆円もの国債を発行市場で起債しなければならなくなった。その増加の主な要因は、借換債の起債である。国債残高が増えれば増えるほど、借換債の発行額も増えざるを得ない。

国民に余分な利払い負担を負わせないようにするには、国債の円滑消化が必要で、その実現可能性を高めるには、国債残高をできるだけ抑えなければならない。そのためにも、財政健全化が不可欠であるーー。本来、国債の円滑消化は、そのように位置づけられるべきである。

ところが、今の政界では、国債を円滑に消化できればできるほど、財政健全化は不要という動きにつながってしまっている。それは、財務省の意図に反しているだろうが、国債の円滑消化が、積極財政派がますます財政健全化は不要と主張するという結果を生んでしまっている。

財務省も財務省で、ジレンマがある。財政健全化の重要性を理解してもらい国債増発を抑えたいが、いったん発行するとなれば国債金利はできるだけ低く抑えて発行したい。でも、低く抑えられれば、それだけ財政健全化の必要性を感じてもらいにくくなる。

金利が低いうちに国債で資金を借りて、将来への投資を行うべきという政策論は、国債の円滑消化を可能にする財政健全化があってこそのものである。本末を転倒させてはいけない。

もはや財務省のサボタージュしかない?

国債の円滑消化は、政策努力なしには実現しない。国債残高を抑えることで、円滑消化も実現しやすくなることを、忘れてはならない。こうした国債の円滑消化の有りがたみを理解してもらうには、もはや財務省が円滑消化の政策努力をわざとサボタージュする以外にないのかもしれない。財務省が円滑消化の努力を拒絶すれば、国債の発行金利はたちまち上昇する。そうなる前に、国債増発のコスト意識を取り戻す必要がある。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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