日本型キャリアデザインの方法 大久保幸夫著
1990年代初めまでの日本で「キャリアデザイン」という言葉が使われることはなかった。しかし20年経った現在では、ビジネス用語の中でも高い頻度で使われている。その理由は簡単。本書は「ジョブローテーションを重ねて管理職になり、定年まで全うしリタイアする、という標準形」が崩れた現在では「成功の道筋は枝分かれして、選択肢が増えたことにより、意思決定を迫られる機会は格段に増えた」と説明する。
自分のキャリアを主体的にデザインしなければ、長い人生を乗り切れない。そういう「自立」と「自律」がビジネスマンには必要だということだ。
キャリア研究は米国で進められ、理論化された。その理論をベースに論じるキャリア本の多くは読みにくい。グローバル化が進んだといっても、雇用慣行や労働市場は閉鎖的でローカルなものだ。アメリカ発の理論が日本に当てはまらないことも多いから違和感を抱くこともある。
本書は違う。タイトルどおり「日本型キャリアデザイン」を論じてまことに歯切れがよく、説得力に富む。しかも読みやすい。著者は「2時間程度で読めるように」書いており、随所に興味深い表現が用いられている。
たとえば40歳の頃に訪れる「人生の正午」という言葉。ユング(分析心理学者)の言葉で、人生の午前は力を増していき、損得や勝負にこだわるが、正午を過ぎると価値観が変わり、真・善・美が重要になってくる。こういう表現も本書の魅力のひとつである。
社会人として数年の経験を積んだ20代後半の若手、10年程度の中堅、40代に差しかかろうとするリーダーのいずれの世代にも推奨したい。自分の生き方を自覚することができる。もちろん50代、60代の人も自分の人生を振り返り、思い至ることが多いと思う。
サブタイトルの「筏(いかだ)下り」と「山登り」という言葉は、キャリア論で初めて使われた言葉であり、秀逸な比喩だ。「筏下り」が職業キャリアの前半期を指し、「山登り」が後半期を意味している。
大学でキャリア教育が重視され、キャリアデザイン学部も存在している。しかし職業キャリアの前半期では、自分自身の能力、適性、希望などははっきりしていない。特に社会人になりたての初期はそうである。
ビジネス本の中には「なりたい自分を強くイメージしろ」とキャリアにゴールを設定する本が多いが、大久保氏によれば間違いである。
この時期にゴールを意識しても無意味。激流を筏で下り、流れにもまれるように、仕事に打ち込み、経験を積むことによって職業人としての基礎能力を高めていく時期だと本書は説く。
確かに就職して間もない20代は、初めて経験することばかり。変化に富んでおり、筏下りに似ている。しかし急峻な崖に挟まれた激流に始まった筏下りも、しだいに川幅が広がって岸壁に激突する危険は少なくなり、流れは緩やかになっていく。そして視界も広がってくる。
さあそろそろ筏から離れる時期だ。ここまで入社後10年から20年。職業キャリアは後半期を迎える。筏に乗ったままでは、河口を出て大海に流され、漂流してしまう。
キャリア後半期に目指すのは、彼方に見える山(プロフェッショナル)である。どの山かは自分で決める。「何が得意か(才能)」「何をやっているときに意味を感じ社会に役立っていると実感できるか?(価値観)」「何がやりたいか(志向)」という3つの問いを満たす山が理想だ。
キャリアの基本戦略は「強み」の上に自分自身を築くこと。そして専門性の「分野」を選ぶことだ。筏下りの時期に培った強みや専門性などを踏まえて自分のゴールを設定し、山登りのように計画的、戦略的にプロフェッショナルへの道を歩み頂点を目指す。
著者の大久保氏は山登りの時期に「複雑なことをわかりやすく説明できる『人』の問題のプロ」をイメージしたそうだ。
いろいろな本がある。退屈な本も多いが、本書は学ぶことが多く、得する本。一気に読める本なのに、内容が頭に残る。自分のキャリアをデザインするためにも振り返るためにも有益。買って損はしない。
(HRプロ嘱託研究員:佃光博=東洋経済HRオンライン)
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