中高一貫校がますます大学受験で有利なワケ 6年後のセンター試験廃止でも凋落しない
大学入試改革で議論されているような「新しい学力」は、付け焼き刃で身に付けられるものではない。本物の学びの体験を積むことで蓄積される。そもそも時間がかかるものなのだ。その点、中高一貫校生には6年間という時間がある。途中高校受験に時間を取られることもない。中等教育で「新しい学力」を身に付けるには、中高一貫校のほうが有利と考えられるのだ。
ところで、国際的には小学校を「初等教育」、大学以降を「高等教育」と呼ぶのがスタンダード。日本の中学・高校に相当する教育は「中等教育」と呼ばれる。初等教育は基本的に目に見える具体的なものを取り扱う方法を学ぶ段階。中等教育では、代数や化学のような、目に見えない抽象的な概念を取り扱う方法を学ぶ。それぞれに一定の時間がかかる。カリキュラムの一貫性も必要だ。
だから多くの先進国では、中等教育を中学と高校で分けていない。そのほうが中等教育の役割を果たすうえで理にかなっているからだ。
先ほどまで、まるで中高一貫校の宣伝のような話ばかりに思えたかもしれないが、中高一貫校のほうが子供たちの「新しい学力」を伸ばすうえで有利だというのは、実は世界の常識からすれば当たり前なのだ。日本では、中等教育の内容を半分に分けて3年区切りで試験を行うから、どうしてもそれぞれの範疇での知識を詰め込むだけの学習およびその成果を試す入試になりがちなのだ。
日本に欧米式の大学入試は成り立つか
そして、私が一番気になるのは、現在行われている大学入試改革の方向性と、中等教育以下の教育行政の方向性がちぐはぐであることだ。
例えば都立高校は先の採点ミス問題を受けて、マークシートの導入を決めた。大学入試改革の流れに逆行している。いわゆる「中1ギャップ」を解消するために、小中一貫校も推進されているが、その発想はあまりに安易に映る。初等教育から中等教育へはギャップがあって当然。それをどうにか乗り越えさせるのも教育の一部だ。それをだましだましやりすごすというのは問題の先送りでしかない。中等教育の一貫性もますます薄れるだろう。
今回の大学入試改革の方針は、各大学の個別選抜のAO化にしても到達度テストの導入にしても、欧米の大学入試を雛型にしていることは明らかだ。つまり、過渡期とはいえ、いまのままでは日本式の特殊な中等教育の上に、欧米式の大学入試が据わることになる。このアンバランスが何をもたらすのか、注視が必要だ。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら