生保申請で「無低」にブチこまれた23歳男性の恐怖 相部屋で入居者3人に1人がコロナ感染、死者も

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1年余り心身を休めた後、身分証明書の再発行の方法などをアドバイスするとうたっていた派遣会社を見つけて登録。寮付き派遣で働いた。しかし、ここもコロナで雇い止めにされてしまう。口頭では直前まで契約更新しますと言われていたが、反故にされたうえ、寮からも追い出された。

再び友人宅に身を寄せたが、居候にも限界がある。ぎりぎりまで追い詰められ、初めて自治体の福祉事務所を訪れたのが、今年1月のことだ。

ナオトさんが民間の支援団体に送ったSOSのメール。無低で現金のほとんどを巻き上げられ、携帯の再契約や就職活動はおろか髪を切りに行くことさえできず、「もう限界です」と訴えている(筆者撮影)

無低での暮らしが半年に及ぼうとしたとき、ナオトさんはなんとか現状を打開しようと、ネットで偶然見つけた「新型コロナ災害緊急アクション」という、困窮者支援に取り組む市民団体などが集まってつくるネットワーク組織に助けを求めた。

新型コロナ災害緊急アクションでは、コロナ禍で携帯の通話機能や携帯そのものを失った人が多くいたことから、着信に限って無制限に利用できる携帯を一定期間、無料で貸し出すシステムを新たに導入していた。ナオトさんもこのシステムを利用し、あっという間に賃貸アパートを見つけることができた。住まいが決まれば、身分証明書の再発行も仕事探しも一気に進むはずだ。

民間の支援組織にできることが、なぜ行政にできない

私が解せないのは、民間の支援組織が数日あればできることが、どうして行政にできないのかということだ。現代社会において携帯がライフラインの1つであることを、行政が知らぬわけでもあるまい。ナオトさんは、アパートへの転居に同意してくれたケースワーカーに感謝しつつも、「半年間の無低暮らしは時間の無駄でした」と断じる。

1990年代以降、質の悪い非正規雇用が増えたことはもはや否定できない。私はコロナ禍の取材で、そうした非正規雇用をクビになり、住まいも携帯の通話機能も失い、おっかなびっくり生活保護の申請をする若者に大勢出会った。彼らのほとんどは自治体によって問答無用に無低に入居させられる。中には無低のあまりのひどさにショックを受けて脱走。「2度と生活保護は受けない」と話す人も、1人や2人ではなかった。

最後のセーフティーネットであるはずの生活保護制度が、彼らにとってまるで“懲罰”のようになっているのだ。雇用の流動化というメリットを享受したいなら、セーフティーネットくらいまともに整備するべきではないのか。

最初に働いた職場でも、派遣会社でもひどい目に遭ったナオトさんは、今度は焦らずに仕事を探したいという。

「条件は多少悪くてもいい。たくさんのお金もいりません。僕1人が生きていければ十分なので、できれば自分のしたい仕事、やってて満足できるような仕事をしてみたい。僕が希望してることのハードルって、そんなに高くないですよね」

やりたいことが見つかって、それに大学卒業資格が必要な場合は、お金を貯めていつか大学にも通ってみたいという。ささやかで、切実な願いだ。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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