神戸の「万年筆インクが年2万個」売れる深い理由 「Kobe INK物語」誕生の背景に阪神淡路大震災

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1955年、兵庫県明石市に生まれた竹内さんは、小学校高学年の頃から神戸市で育った。中学生になると、父に買ってもらったカメラにのめり込む。姿を消しゆく蒸気機関車、建て替えが進む北野異人館街――。移り変わる街並みを記録に残すことに興味を持ち、数え切れないほど写真を撮った。カメラ越しの神戸の街は、幼心を惹きつけた。

「例えば北野町では、異人館だけではなく名もない路地にも独特の歴史が息づいていました。散歩中に外国人に出会うことも珍しくなかった。神戸は、国際色豊かですごい街やなと思いました」

カメラを片手に神戸の街を歩くことは、「生活の一部」だった。

カメラのほかにもう1つ、出会いがあった。高校生のとき、神戸・三宮センター街の一角にあった文具店「ナガサワ文具センター」で、衝撃を受けた。目にしたのは、すらっとしたデザインのドイツ製ボールペン、動物や果物の形をしたイタリア製ボールペン。

「ボールペンってどんな形になってもいいんやな。面白いなぁ、文房具の世界は」

「文房具は書ければいいモノ」と思っていた竹内さんにとって、想像すらできなかった世界がそこにあった。

「神戸で働きたい」

大学生になると、ナガサワ文具センターで短期アルバイトを始めた。その一方で、カメラや街歩きへの関心が衰えることはなかった。ナガサワ文具センターでアルバイトをしては、アルバイト代で旅に出る。その繰り返しで、学生時代は過ぎ去っていった。

北海道から沖縄までを旅し、主要な都市を撮り歩いた。そして導き出した結論は、「やっぱり神戸が一番好き」。神戸で働きたい、この街と一緒に歩んでいきたいと心に決めた。

文房具、カメラ、旅行と、好きなモノやコトは複数あったが、最終的に選び取ったのは文房具。1978年、竹内さんは「神戸の文具店」であり、文房具との出会いをもたらしたナガサワ文具センターへ入社した。

ナガサワ文具センターの商品開発室室長の竹内直行さん(筆者撮影)

入社時の夢は、「神戸発の文房具を作って神戸の魅力を全国に伝えること」。当時の文房具は、大阪や東京から仕入れたものか、輸入したものだった。最初は販売推進の仕事から始め、20代後半にして文房具の企画に携わり始めた。

キャップのトップ部に「イカリ」のマークを施した万年筆。メーカーのロゴをあえて削り、シンプルなデザインにすることで「自分ブランド」として愛用できるノート。アイデアを形にするとお客さんに喜んでもらえて、売れ行きも好調だった。

「これはいける。さあ、やりたかったことを実現していこう」

39歳の竹内さんが意気込んでいた矢先の1995年1月17日、阪神淡路大震災が発生した。

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