日本三大仇討ち「曽我事件」巡る謎の陰謀論の真相 北条時政が源頼朝を殺そうとしていた?

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工藤殺害のとき、工藤のそばにいた遊女が悲鳴をあげたという。さらには、工藤を討ったとき、兄弟が「親の仇を討ったぞ」と雄叫びをあげたので、あっという間に大騒動となった。殺害時には雷雨となっていた。よって、騒ぎを聞きつけて、集まろうという武士も迷い、なかなか曽我兄弟を討ち取ることはできなかった。

混乱もあったのだろう、平子野平右馬允、愛甲三郎、吉香小次郎、加藤太光員、海野幸氏、岡部弥三郎、原清益、堀藤太、臼杵八郎が負傷し、宇田五郎が兄弟のために殺された。しかし、多勢に無勢、曽我祐成(兄)は、新田忠常により討ち取られる。

弟の時致は、頼朝の御前にまで走り寄るも、そばにいた大友能直が時致を取り押さえたため、事なきを得た(頼朝は刀を持ち、時致に対抗しようとした)。5月28日の午前8時、時致は頼朝の御前に引き据えられた。

時致が語った夜討ちをした真意とは

周りにいた御家人が、時致に夜討ちを敢行した真意を尋ねる。すると時致は「お前らになど話さない。頼朝様に直接お話ししたい」の一点張り。頼朝が直に時致の真意を聞くことになった。時致は、父を殺された恥を雪ぐために工藤祐経を討ったこと。頼朝のもとに走り寄ったのは、伊東祐親を嫌い、工藤祐経を可愛がっていた頼朝に一言恨みを申し上げた後、自殺しようとしたからだということを頼朝に話す。

その言葉に、周りにいた御家人たちも感動したと言われる。勇武の士である時致を頼朝は助けたいと思ったようだが、工藤祐経の子が仇討ちを叫ぶので、仕方なく、時致を殺すことにしたという。同日、時致は殺された。

以上、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』の記述を基に曽我兄弟の仇討ちを見てきた。この仇討ちには黒幕がいるのではとの説が昔からある。その黒幕こそ、北条時政だというのだ。

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