アニメ界の異才・湯浅政明氏が抱く切実な危機感 映画「犬王」が室町時代の下層の人々を描いた訳

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ただ、海外ではまだアニメはアニメファンが見るものだという意識も根強い。もっと広い層の人に、世界中で観てもらえるようになれば、そこまでメジャー路線ではない企画でも、各国で少しずつ観られることでペイできるようになっていくと思います。そうすれば、こちらとしても、もっと幅広い企画で勝負できる。

そのために、まずは動画配信などで「結果」を出せるといいのですが。

――2020年3月に、ご自身が立ち上げられたアニメ制作会社のサイエンスSARUの社長を退きました。現在は、どのような活動をされているのでしょうか。

ちょっとお休みしようと思って。とはいっても、忙しくしているのですが。

アニメに限らず、いろいろなことを自分の中に蓄えたいというのもあるし、近年アニメが作りにくい環境になっている所が多くあるとも思うので、もっとうまくやる仕組みを作る必要がある。そのための準備をしたり、自分にもっと知識をつけなくてはいけない。

(アニメを視聴する)媒体が増えてきた中で、どういう作品をどういう形で出していくのか、もうちょっと自分なりの戦略も持ちたいと考えています。

地道な仕事の魅力を伝えたい

――「作りにくい環境」というのは。

日の当たる役割の、アニメ監督や脚本、プロデューサーになりたいという人は多い。ただ、(一見目立たない)動画や仕上げ、調整役などにもエキスパートは必要だし、重要な役割です。

しかし、これまでアニメ業界は作り手の熱意に頼りすぎることがあって、貢献に対して対価が少ないなどの問題から、きちんとした技術や責任感を持つ人が減っています。さらにいえば、作品に対する熱意も減っていて、それが、現場責任者の大きな負担になっていると思います。それを把握している人が少ないし、皆自分の環境をより良くすることで精一杯なのではないでしょうか。

湯浅政明(ゆあさ・まさあき)/1965年生まれ。九州産業大学芸術学部美術学科を卒業後、老舗アニメスタジオの亜細亜堂に入社。アニメーターとして「キテレツ大百科」「ちびまる子ちゃん」などに参加し、映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』(1992年)ではミュージカル・パートの演出を担当。その後はフリーとなり、映画『クレヨンしんちゃん』シリーズでは作画のみならず設定デザイ ンなども担当。2004年に『マインド・ゲーム』で長編監督デビュー。その後「四畳半神話大系」(2010年)、「ピンポン THE ANIMATION」 (2014年)などのTVシリーズを監督。2013年にアニメーション制作会社サイエンスSARUを立ち上げ、劇場長編『夜は短し歩けよ乙女』(2017年)や『夜明け告げるルーのうた』(2017年)、TVシリーズ「映像研には手を出すな!」(2020年)などの監督作品を発表。Netflixオリジナルアニメシリーズの「DEVILMAN crybaby」(2018年)や、「日本沈没 2020」(2020年)も手がけた(撮影:今井康一)

貢献に対する明快な個別の評価、負担が偏らないシステムがあるといいと思います。また、地道な仕事の魅力を伝えていくことができればなぁ、と。

――コロナ禍の追い風もありアニメ市場は活況ですが、業界の隅々までその恩恵が行き渡っていないのですね。

アニメが儲かるようになって(制作の予算が)高くなったからといって、いい作品ができているかというと、僕はそうは思いません。狡猾に立ち回ることだけでより利益を得られるようなシステムでは、必死に作品を支えようとしているクリエーターは疲弊するばかりです。

どこかが(制作システムの改善を)やった方がいいと思うし、上手くやっている所はすでにできているのかもしれません。しかし、自分が見聞きしている現場では、現状監督として作品を作り続けるのは結構厳しいだろうな、と感じています。もし自分がやるときは、何かしらの取り組みをしていくつもりです。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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