NATO・欧米の分断を狙うプーチン大統領の戦略 ウクライナの先に西欧、アメリカを見据える

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この言葉はアコポフ氏の論評にも登場する。「今後数年間、ロシアが西側からの攻撃に耐えるなか、世界の経済貿易システムが変わり、アングロサクソンと大陸欧州との不一致が拡大する」と。つまり現在、アメリカとヨーロッパは対ロシアでかつてないほど一枚岩だが、長期戦にNATOを巻き込めば、いずれアメリカ・イギリスとドイツ・フランスなど他のヨーロッパとの間で分裂が起き、ロシアは孤立を脱し、有利な状況が生まれるという思惑だ。

この対NATO長期戦論以上に、さらに不気味なのは、ロシアによる核兵器攻撃の可能性だ。2022年4月27日の演説でプーチン氏は、ロシアにとって「受け入れられない戦略的脅威」が生まれれば、核兵器使用も辞さないことを滲ませた。クレムリンはこれまで「国家存亡の危機」に直面すれば、核使用も辞さないとの発言をしているが、この「戦略的脅威」が「国家存亡の危機」より、核使用のハードルを一段下げたことを意味する可能性もある。

核兵器使用のハードルを下げたプーチン

これについて、先述したヘインズ長官は証言の中で、今後ウクライナでの戦況が敗北必至という状況になれば、プーチン氏がこれを「国家存亡の危機」ととらえ、核攻撃に踏み切る可能性があると述べた。

この核シナリオに絡んで、侵攻の数年前から本稿筆者が懸念する政治現象が起きている。プーチン氏をはじめ政治家たちが核使用の問題を純粋な軍事理論というより、アメリカとヨーロッパとの対立が深まるロシアの国家の生き方として、ひんぱんに語り始めたことだ。

この傾向に警告を何度も鳴らしていているのが、ロシアの代表的哲学者であり政治学者のツィプコ氏だ。侵攻開始直前の2022年2月初め、有力紙ニザビシマヤ・ガゼータへの寄稿の中で、プーチン氏の取り巻き知識人がロシアの主張が究極的に聞き入れてもらえなければ核戦争での世界の破局を受け入れるかのような狂信的発言をしていると指摘した。この知識人はソ連時代末期、改革派ジャーナリストの代表格だったトレチャコフ氏。「ロシアの尊厳が受け入れられないなら、生きている必要はない」と述べたという。

このうえでツィプコ氏は、1917年のロシア革命や1991年のソ連解体の例を挙げて、ロシア人の特性として「普通は考えられないこと、不可能なことをやろうとする情熱」があると指摘。そのうえで「ロシアで核戦争の可能性が政治的選択肢として戻ってきてしまった」とプーチン政権による核攻撃の可能性があることを警告した。この「考えられないこと」をやってしまうとのツィプコ氏の懸念は、寄稿直後、21世紀の政治通念ではありえなかったウクライナ侵攻にプーチン氏が踏み切ったことで現実のものになってしまった。

もちろん、核攻撃が次の「考えられないこと」になるかどうかはわからない。しかし侵攻をめぐるプーチン政権の立場は今後ますます悪化しそうだ。アメリカが今後の軍事作戦の目標としてロシアの「弱体化」を挙げたことに対し、プーチン政権は強く反発している。さらにフィンランド、スウェーデン両国のNATO加盟申請などクレムリンへの国際的包囲網がますます狭まっている。今後、プーチン氏はどう出るのか。国際社会は追い詰められつつあるロシアへの間合いを微妙に測って向き合うべき時期に入ったことは間違いない。 

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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