「海の帝国」は「陸の帝国」の挑戦を退けられるか 21世紀型「文明の危機」の本質を説き明かす

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木村:グローバリゼーションというのは、企業の側から見ると、安全で安価な物流網が維持されて、その物流網を使って効率的な生産・供給を行っていくことができる。だから、国外に進出するメリットが大きかったわけですが、いま、その仕組みに対する根底的な不安を世界中の経営者が感じているでしょう。

水野:原材料や製品だけではなく、エネルギーも相当な長さの物流網で結ばれています。それについても、危機が高まっています。また、アフリカのサブサハラなどでは、また児童労働が増え始めているという。アジアではアパレル企業などが子どもたちに労働させて、それで安価なTシャツを作っていると追及されて、結果、アジアでは児童労働が減りました。しかし、アジアで減った以上に、アジア以外の地域で児童労働が増えている。

そこまでして、手に入れたいものとは何なのか。いま世界は、目に見えないところで相当ひどい状態になっていると自覚すべきです。そもそも児童労働など、国際法で禁止されているはずなのですが、それが増えているということは、経営者が見て見ぬふりをしているか、あるいは本社に報告が来ないようにしているとしか思えません。現実を見ていないという意味では、グローバル企業のガバナンスもプーチンのロシアと同じだと言ってよい。

文明の危機の正体

木村前回の対談で、24時間で世界中を巡ってしまう新型コロナウイルスによって、いかに金融資本主義のエンジンとなってきたグローバリゼーションが脆くて、われわれがそういう一種の仮想現実のシステムの下で生きているかを認識させられた、という話をしました。

その後に、ウクライナ侵攻が始まったわけですが、今回のロシアによる野蛮な侵攻が浮き彫りにしているのは、相互依存の信頼関係がほころびた世界が広がり、グローバリゼーションの未来を左右する転機になるということでしょう。

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それは、単にロシアの孤立によって生じる、世界のサプライチェーンの危機ということだけではありません。ロシアに対する経済制裁が続くことで、原油などエネルギー価格が上がり、電気代が上がり、「ヨーロッパのパンかご」と言われたウクライナが疲弊することで小麦の値も上がっていく。これが常態化して、これまでと同じ水準の生活が続けられなくなる人たちも出てきています。

喫緊の課題とされた地球温暖化の問題はしばらく横に置いて、化石燃料や原発に頼って危機をしのごうという動きが日本でも加速しつつある。ただ、ロシアへのエネルギー依存が高いドイツは、2035年には国内の電力供給をほぼ再生可能エネルギーでまかなうと表明しています。停止を決めた原発の運転延長への道もふさいでおり、「脱ロシア」への決然とした国家意思を感じます。「持続可能な開発目標」(SDGs)という指標も大きな試練にさらされている。私たちは現代文明の重大な岐路に立っている、といっても過言ではないでしょう。

水野:マルクスが「資本は文明の別名だ」と言っています。近代文明は「海の文明」であり、シュミットのいう16~17世紀の「陸と海の戦い」が再び21世紀に始まったと言えます。「陸の野蛮」が「海の文明」を道連れにしようとしています。これが21世紀の文明の危機の正体だと思います。

(後編へつづく)

木村 伊量 元朝日新聞社社長、国際医療福祉大学評議員

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きむら ただかず / Tadakazu Kimura

1953年、香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社入社。政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年、朝日新聞社代表取締役社長に就任。2016年、英セインズベリー日本藝術研究所シニアフェロー。現在、国際医療福祉大学評議員・大学院特任教授。著書に『私たちはどこから来たのか 私たちは何者か 私たちはどこへ行くのか:三酔人文明究極問答』(ミネルヴァ書房)がある。

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水野 和夫 法政大学教授

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みずの かずお / Kazuo Mizuno

1953年、愛知県生まれ。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。早稲田大学政治経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。著書に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)、『次なる100年』(東洋経済新報社)など多数。

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