格差を語る人なら絶対押さえたい「共感」の要点 「資本主義」自体を否定してもしょうがない

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そうやって正義の原理としての「共感」を再発見しようという発想には私も賛成なのですが、問題は、特定の形での「共感」を議論の出発点に置いてしまうことにあります。正義感覚の原点にあるかもしれない「共感」を再構成することは重要ですが、絶対的な出発点にしてしまうとおかしなことになる。

マルクス主義的左翼はマルクス、エンゲルス、レーニンなどが残した主要テクストに基づいて、「格差は人間本性(=労働)に反する」「このまま格差の原因である資本主義を放置すると、世界的破局が来る」というような議論を正当化しようとしていたわけです。理論を重視する左翼は少なくとも建前としては、共感それ自体を直接的に押し付けるのではなくて、自分たちの理論装置の有効性を証明しようとしていた。その証明の仕方が乱暴的だとしても、いきなり共感を求めてくるよりはずいぶんましです。

「苦しんでいる労働者」への共感

:でも、マルクス自身の思想の原点にも「共感」があったのではないでしょうか?

仲正:マルクス個人の心情は本当のところ分かりません。マルクスの個人の生き方については、マルクス研究者で有名な的場昭弘(1952―)さんがいろんな本や論文を出しておられるので、そういうものを読んでいただいた方がいいと思いますが、少なくとも、マルクス主義という思想運動の原点に、「苦しんでいる労働者」への共感があった、という言い方はできると思います。

ただ、そこで忘れてはならないのは、マルクスは共感をそのまま思想にしようとはしなかったことですね。今では共産党でさえ、あまり使わなくなりましたが、「科学的社会主義」という言い方がありました。マルクス以前のフーリエ(1772―1837)とかオーウェン(1771―1858)は、科学的な思考に基づかない「ユートピア的社会主義」だったけど、自分たちは科学的で批判的な思考に基づく「科学的社会主義」だというのです。

もちろん、昔の左翼学生の中には、「科学的社会主義」を信奉している自分たちは知的だと決め付けて、傲慢になっていた者も多かったわけですが、科学的、あるいは学問的な議論をしようとする姿勢自体は重要だと思います。

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