格差を語る人なら絶対押さえたい「共感」の要点 「資本主義」自体を否定してもしょうがない

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仲正:こういうのは、東欧の社会主義諸国が崩壊するずっと前から言われていたことです。では、なぜ私がそんな分かりきったことを言っているかというと、マルクスと同じような思考回路で、人々を苦しめている〝矛盾〟の根源まで遡ろうとしても、ダメだからです。マルクスは労働者の苦しみを生み出しているものを、スミス的な意味での労働価値説を基礎に成り立っている「世界」の基本構造の中に見出そうとしたわけですが、我々が生きているのは、そういう分かりやすい世界ですか?

誰かを「資本家」と名指ししたって、あまり意味がない

「資本家」のような搾取の究極の実体のような存在がいるのであれば、それを除去することによって、構造的な〝矛盾〟を解消するという解決策が考えられますが、現状では、誰かを「資本家」だと名指ししたって、あまり意味がない。「資本家」ではなく、「資本」に問題があるにしても、「資本」をなくして、全て物々交換にするというわけにもいかないでしょう。「資本」に相当するものが全くなかったら、「生産」を組織化するのが困難になり、社会の中での「物」の流れが止まります。

:格差社会を批判している人たちもそういうことは本当は分かっているんじゃないですか?

仲正:ごく一部の本当にバカな人を除いて、ほとんどの人は「資本主義」自体を否定してもしょうがないことは分かっているでしょうね。「マルクスの時代と同じ問題がある」とか「蟹工船状況だ」と言っている人も、多くの場合、レトリックとして言っているのでしょう。そういうレトリックを使わないと、苦しんでいる人に対する共感と表裏の関係にある〝悪に対する怒り〟をぶつける場所がなくなる、と思っているのかもしれません。

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:だったら、それほど問題ないのでは?

レトリックだらけになっていて、しかも先ほどお話ししたように、特定のレトリックを強制するような傾向が強まっていることが問題なんです。資本家であれ政治家であれ、あるいはアメリカの白人富裕層であれ、労働者を不当に搾取しているという意味で「格差」の元凶であり、なおかつ世界経済にとって百害あって一利なしの寄生虫のような人たちを1つのカテゴリーできれいにくくれるのなら、それを声高に攻め続ければいいと思います。

マルクス主義はそれをやり続けたわけですから。でも、昔のマルクス主義と同じ感覚で、分かりやすい「敵」を名指しして糾弾しても、その名指しされた「敵」にあまり実体がないのは見え見え。純粋に「搾取」だけして、生産性がゼロの存在がそんなにたくさんいるわけないでしょう。

仲正 昌樹 金沢大学法学類教授

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なかまさ まさき / Masaki Nakamasa

1963年広島生まれ。専門は、法哲学、政治思想史。東京大学教養学部理科I類を経て、東京大学教育学部に進学。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。著書に『集中講義! 日本の現代思想』『集中講義! アメリカ現代思想』『いまこそハイエクに学べ』『今こそアーレントを読み直す』『ハイデガー哲学入門』『カール・シュミット入門講義』『〈ジャック・デリダ〉入門講義』『精神論ぬきの保守主義』他多数。

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