「ビンタ」だけじゃないアカデミー賞"驚きの瞬間" かつてないほど新味と多様性に満ちていた

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「僕の父は、家族で一番手話が得意な人だった。彼は交通事故に巻き込まれ、身体がまひして、手話ができなくなった。父から多くのことを学んだ。彼は僕にとってヒーロー」

手話の訳者が、涙を抑えて声を詰まらせていた。拍手はまばらだった。なぜなら会場のセレブらが立ち上がり、顔の横で両手をひらひらさせる手話の「拍手」を送っていたからだ。

「コーダ あいのうた」で助演男優賞を受賞したトロイ・コッツァー(写真:The New York Times)

白人男性主体の組織が変わろうとしている

ちょっと変わったこんな場面もあった。

「これ、本当にアカデミー賞?」と、友人らが騒ぎ始めたのは、ディズニーのアニメ映画『ミラベルと魔法だらけの家(Encanto)』をテーマにしたバンドとダンサーが舞台を埋め尽くした時だ。映画の舞台である南米コロンビアの長い広がったスカートに麦わら帽子の女性が、これも民族衣装の男性と舞台をぐるぐる回っていた。

私たちがアカデミー賞で見慣れた、肩や足の露出が多いドレスに身を包んだ白人女性らが、タキシードの白人男性にリードされてアクロバティックなダンスを披露するのとはかけ離れた、のどかな、言葉は悪いが「ダサい」シーンだった。

次の瞬間、会員のうち93%が白人、78%が男性といういびつな構成で、4、5年前に叩かれた映画芸術科学アカデミー(AMPAS)が、変わろうとしている意図を感じた。授賞式を最初から振り返ると、テニス選手で黒人のセリーナ、ビーナス・ウィリアムズ姉妹が授賞式の開始を告げる大役を授けられ、ビヨンセがパフォーマンスで続いた。

式の前の「レッド・カーペット」でさえ、従来のくびきがなくなったようにみえた。

ドレスの批評家を気にせずに自己表現し、ハッとさせる女優俳優が続いた。『DUNE/デューン 砂の惑星』で主演したティモシー・シャラメは、シャツを着ないで素肌の上にジャケットで、編み上げブーツだった。前出のアリアナ・デボーズは、赤いパンツに大きなガウンを羽織っていた。女優クリステン・スチュワートは、ジャケットの下のシャツボタンを留めず、超短いホットパンツ姿で、レッド・カーペットを終わるとハイヒールからローファーに履き替えた。

ニューヨーク・タイムズ紙は、こう指摘する。「彼らは、巨大な生地を使っておとぎの国のような衣装を着るという、古いハリウッドのパターンを振り落とそうとしているかのように見えた」。

「ミラベルと〜」は、「ベスト・アニメ」部門で受賞を決めた。コロンビアを舞台にしたミュージカルで、主人公はメガネをかけ、鼻も大きく、ぽっちゃり体型で、いかにもヒスパニックという女の子ミラベルだ。

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