人的資源の配分については労働市場の役割が大きい。労働市場が発達していて流動性が高ければ、人材は新しい分野にスムーズに流れる。
もちろん、市場の判断がつねに正しいとは限らない。しかし、多数者の判断は、少数者の判断より正しい場合が多い。多数の参加者の意見が反映される市場の判断は、ごく少数者の判断である政府の政策や金融機関の融資方針に比べて、平均すれば正しいと言える。
ところが日本では、いまだに多くの人が、「政府による方向付けが重要」と考えている。「政府の成長戦略が必要」という声が、それを表している。これは、高度成長の頃の事情にとらわれた考えだ。
アメリカにおいても政府の干渉はあった。自動車産業がその例だ。その結果、事態が望ましい方向に動いたわけではない。むしろ逆だった。市場の調整メカニズムに任せれば90年代に消滅して不思議でなかった産業が、21世紀まで生き残ってしまったのである。
なお「さまざまな可能性を試す」といったが、それは社会全体として行うべきことに注意が必要だ。個々の企業のレベルで分散投資をしてしまうと、収益率が低下する。企業は特定の方向に集中することが必要だ。もちろんそれが失敗することはありうる。その場合には、市場メカニズムが別の可能性に再配分を行うのである。
では、成長戦略において政府や経済政策の役割は何もないのだろうか? 決してそんなことはない。政府には、重要な役割がある。ただし、それがいかなるものであるべきかは正しく判断されなければならない。この問題について、次回以降に考えることとしよう。
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)
(週刊東洋経済2011年1月8日号)
(写真は本文とは関係ありません。撮影:吉野純治)
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