ピケティ「21世紀の資本論」に対する疑問 資本の定義に矛盾あり

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これに対して、レーガン、サッチャー政権あたりから世界全体が税率を下げる傾向にあり、それが税の所得再分配機能を低下させている。これにより成長率と税引き後収益率の逆転が再逆転し、このままでは不平等が拡大するというのがピケティの主張。そこでピケティが提案する政策が、国際累進資産税の導入。これはまだユートピアだとピケティ自身も認めているものの、いくつか具体的な進め方も示している。この本を起点にこの政策を拡大しようとしている。

ピケティが使う「資本」の概念は、驚くほど、新古典派経済学的でもある。しかしそうなると、資本は定常状態では収益ゼロという説明も当然ありえるが、ピケティは「資本は常に有益で必ず利益を生む」と考える。そこはどう整合するのか。この点はテクニカルなので後述する。

近年の、英米を中心とする所得の不平等の根本要因は、ピケティの言う「資本の論理」ではなく、英米流の「誤ったコーポレートガバナンスの問題」ではないかというのが私の疑問だ。

ピケティも英米で超高給のスーパーマネージャーが増えていることを詳しく述べている。これが、後述するように米国の所得の不平等の一大要因になっている。しかし、そういうスーパーマネージャーがなぜ現れたのか、という点についてピケティは歯切れが悪く説明しきれていない。

その点については、私の会社論がピケティ批判の補強となるのではないかと、メンバーである加藤さんなどからけしかけられたのも、この読書会のきっかけのひとつとなっている。米国の左翼の友人からも、同様の視点からスーパーマネージャーの理論を書けと言われている。

ピケティについてのもうひとつの疑問は、日本の分析が不十分だということである。ヨーロッパと一緒の例として出てくるものの、事情が異なる部分が多い。

戦前はマルクス的な不平等だった

グラフは米国の上位1%所得の内訳の歴史的変遷を示したもので、WTID(World Top Income Database)を私が加工したものだ。

「資本所得」は、資本から生まれる所得で、配当、利子、地代など。「企業所得」はアントレプレナー、スポーツ選手、芸能人などの自営業者の所得。「賃金、報酬、年金」はその名のとおりだが、上位1%所得の場合、通常のサラリーマンの賃金などではない。この「賃金、報酬、年金」の大部分は、マネージャーに対する報酬である。

ここからわかるのは、戦前は不平等が大きいが、それはマルクス的な不平等だったということ。不平等に対する資本所得の貢献が非常に大きい。そして、大恐慌から第二次大戦の中で最も落ち込んだのはこの資本所得である。それが平等化に貢献したのである。

1980年代後半から賃金、報酬が一気に増えて全体を押し上げた。またアントレプレナーやスポーツ選手などの部分も増えた。これに対して資本所得は増えていない。これはマネージャー、特にスーパーマネージャーが報酬をもらいすぎだということを示している。この点はピケティも指摘しているものの、米国で資本所得が伸びていないことはあまり強調していない。

WTID(World Top Income Database)の日本の上位1%の所得データは、一橋経済研究所の森口千晶さんが作ったデータを基礎にしている。日本も戦前は米国とまったく同じでマルクス型不平等(階級闘争)。戦後は、日本も資本所得は上がっていない。賃金部分は上がっているが不平等を大きく拡大するほどは上がっていない。ただ日本で、ある意味で残念なのは、企業所得が伸びていないこと。これはアントレプレナーなどの所得が少ないことで、イノベーションが少ないことを示している。

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