これらのバリアフリーやユニバーサルデザインと、インクルーシブデザインの違いは「できあがってから、マイノリティの意見を聞く」でなく、「最初の段階からメンバーに加わってもらう」で、物づくりのプロセスを重視する点にある。
塩瀬さんは前述の視覚障害のある人と一緒に美術鑑賞をした経験から、「困っている人を助けるという視点で始まると、そのときだけの関係になり、自分に関係がないことと思いがちになる。でも、相手を巻き込みつつ、自分も巻き込まれながら対等に向き合うことで、自分にとっても学びや変化があることに気付きます」と話す。
ここで「重要な点は、マイノリティと平等でなく、対等であること」も強調する。「平等という言葉には、『法の下の平等』『神の下の平等』と特別な立場以外はどれも同じと想定されます。一方、対等という言葉には、それぞれが違っていることを前提として、お互いに優劣や上下関係がないという意味が含まれます」。
ビジネスチャンスをもたらす可能性も
このインクルーシブデザインの考え方は、私たちの生活だけでなく、企業にとっても新しいビジネスチャンスをもたらすという。
塩瀬さんは企業人とインクルーシブデザインのワークショップをするときは、自社の製品についてあえて「使えない人、使わない人、使おうと思わない人」を想定してもらうようにしている。
「そうした人がいるのはどうしてなのか。その理由を考えてみると、それは使いにくかったから。つまり、デザインによっては『使おうと思う人』に変えることができるからです」
と説明する。障害の社会モデルへ転換することで「ここにこそ、新しい市場が広がる」と塩瀬さんは指摘する。
もちろん、多様性があるからといって、みんなが妥協できる点に落とし込むのは難しいだろう。しかし、そんな必要はないそうだ。全員がうまくいくように目標を立てると、かえってうまくいかないという。
「まずは、これまでターゲットとしてこなかった人たちと対話して、試作品を作る。その試作品はほかにも使える人たちがいるかもしれない。その人たちを探して、さらに改良していく。最初から1つのデザインで全員に対応できると思い込んだものづくりを目指さないことが大切です」と塩瀬さんは助言する。
こんな例がある。
車いすユーザーは傘をさしながら車いすを操作できないので、雨の日は外出しにくい。そこで、車いすの操作をじゃましないポンチョのような被り物を作って、両手を開けるデザインを検討した。すると、ベビーカーを押す母親にも便利なデザインだった――。
ビジネスでインクルーシブデザインが注目されているのは、それまではまったく発想できなかったアイデアや可能性が見出されるからだ。それが新しい価値を創り出すことへとつながる。
⋆1 日本ケアフィット共育機構では、高齢者や障害者への接客時に必要な知識とスキルを学ぶための講座を開き「サービス介助士(ケアフィッター)」を育成。20年あまりで交通機関や小売・流通、観光・レジャー・宿泊など、全国1000以上の企業で導入され、資格取得者数は約20万人となった。「バリアフル オフィス」も展開している。
⋆2 京都工芸繊維大学KYOTO Design Labのジュリアカセム特命教授や九州大学の平井康之教授らによって日本に紹介された。
⋆3 2017年、国土交通省は「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」改正で、トイレの多機能化から個別機能への分散化を推進している。
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