前述のバリアフルレストランの企画に関わった車いすYouTuberの寺田ユースケさん(31歳)は、社会の偏りについての体験をこう話す。
「ホテルに行ったとき、車いすはふかふかの絨毯の上では動きにくい。ビュッフェ形式のレストランでは、高い場所に置かれた皿の食べ物を取りにくい。従業員が忙しそうに動き回っているのを見て、ずっと自分が我慢しなければならないと思っていました」
困っていたが、声すら上げられなかったという。
そこで、この課題を根本的に解決していくために、近年、「障害の社会モデル」を目指すための「インクルーシブデザイン」という考え方が広がってきた。
インクルーシブデザインとは何か?
「インクルーシブデザイン」とはヨーロッパのデザイン業界から出てきたコンセプト(概念)で、「製品やサービスを作るときは、これまでターゲットとされてこなかったマイノリティ(高齢者・障害者・妊婦・子供・外国人など)を作り手側に巻き込み、彼らの意見を取り入れながら進めること」をいう(⋆2)。
京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之さん(49歳)がインクルーシブデザインの重要性に気付いたきっかけは、2004年ごろ、視覚に障害のある人と美術鑑賞をしたときだった。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の絵の前で「女性が正面を見て微笑んでいます」と伝えたあと、細かく説明しようとしたが、すぐ言葉が出てこない。じっと絵を見たところ、モナ・リザが右手を軽く左手の甲に乗せていることを発見する。これまで何度も見たはずの絵でも、知らないことが多いと気付かされた。
さらに、視覚に障害のある人と対話しながら美術館を回り終えると、塩瀬さんは障害に対して先入観があったこと、そして、障害のある人の視点や考え方、好奇心の方向性と自分との違いに、価値観が大きく揺さぶられたという。
「2人で新しい美術鑑賞を作り上げたという気持ちになり『ありがとうございました』と心からのお礼を伝えました」と振り返る。
ところで、インクルーシブデザインと似たような言葉に、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という概念がある。
バリアフリーとは、主に建築上の障壁をなくすことで、国内では1990年前後から公共の場所では階段のすぐそばにスロープが併設されたり、バスに乗るときの階段をなくしてスロープにしたり(「ノンステップ・バス」と呼ばれる)、車いすのままトイレに入れるようにスペースを広くしたりと改修されてきた。
その後、車いすで生活していたアメリカの建築家(故ロナルド・メイス)が「ユニバーサルデザイン」を提唱した。これは「年齢や能力、状況などにかかわらず、できるだけ多くの人が利用可能なデザインとすること」で、日本では駅などに誰でも使える多機能トイレ(⋆3)や、ホームの転落防止柵などが作られた。家電やスイッチ、タブレットPCなどでは、分厚いマニュアルがなくても直感的に使えるようデザインされた製品も増えた。
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