そのことを考えるにあたり、もう1つ気になることがある。2015年2月に起こった、野党指導者ボリース・ネムツォーフ氏の殺害だ。
ネムツォーフ氏はソ連崩壊後のロシア改革を唱えるリーダーであり、エリツィン元大統領の政権下で副首相を務めた人物。人望も厚く、ポスト・エリツィンの指導者に名前があがるほどだったという。
2000年のプーチン政権発足以降は、言動がロシア保安当局からマークされるようになったため慎重に行動していたようだが、段階的に反プーチンの行動を拡大。2011年12月のロシア連邦下院選挙における票の水増しなどの不正を暴いたため、ロシア保安当局から追い込まれることになる。
かれ自身、ロシア軍侵攻の秘密情報を入手したことをほのめかし、状況は一気に緊迫した。欧米派を自認し、プーチン氏と真っ向から対立するウクライナのポロシェーンコ大統領は、ロシアの干渉を強く非難しており、プーチン政権にとってネムツォーフ氏はウクライナ政権を支援する裏切り者となったのだ。(139ページより)
ネムツォーフ氏は2015年2月27日の深夜、クレムリンに隣接する橋を歩いているときに背中から4発の銃弾を浴びた。その2日後には、ロシア軍のウクライナ侵攻に反対する大規模な集会を予定していたという。殺害の容疑者についてロシア大統領府は調査を表明したが、犯行の全容はいまだ明らかにされていないようだ。主要メディアは事件を報道するものの、真実を解明しないというのだ。
プーチン政権の批判は危険
この記述を目にすると思い出さずにいられないのは、「私はここにいる。武器を捨ててはいない。国を守り続ける。われわれの土地、国を守る。ウクライナに栄光あれ」と果敢に訴え続けるウクライナのゼレンスキー大統領のことだ。
場所を変えながら軍や国民に向けた動画を通じてメッセージを発信する姿勢は大きな評価を得ているが、プーチン氏がその行動を容認するとはとても思えない。だからこそ、国を守ろうと奮闘する氏の命の危険を感じずにはいられないのである。
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