牛田駅からはまたまた大きなカーブ(今度は右に)を描いて東武の電車はターミナル・北千住駅へと向かう。大発展を遂げた北千住にほど近い牛田駅、周辺は典型的な下町と開発の続く都市部をちょうど合わせたような雰囲気をまとう。駅前の小さな商店や立ちソバ屋には下町を感じ、駅の裏手にそびえるマンションには都会を感じる。鉄道の旅は、こういった町の特徴がなだらかに移り変わってゆくさまを見られるのがおもしろいのだろう。
「乗務員をしていたときには、北千住を出てこの区間に入るとちょっと安心したのをよく覚えています。私の頃は新栃木からずっと乗ってきたのですが、最初はもうのんびりしてますよね。それが高架をぐっと上がったところで大量輸送区間に入って緊張感が増して、北千住を越えるとちょっとのどかで。もちろんカーブも多いし踏切もあるので気を使うところは多いんですが、どこか安心させてくれるのがこの区間の特徴かもしれませんね」(湯澤さん)
変わる風景、変わらない駅
実際、浅草―北千住間の各駅停車の駅を利用するお客は、通勤通学というよりは日々の暮らしの中での買い物などが多いという。
「通勤通学というよりは生活に密着した路線ですよね。買い物とかで昼間利用されるお客さまも多い。そこにスカイツリーや浅草という観光地があって、という。独特な雰囲気を持った区間だと思います」(飯塚さん)
車掌として約15年間この下町区間で乗務したという岩波さんもいう。
「どの駅も、乗務員をしていた頃とほとんど変わりませんよね。ちょっとこぎれいになったりはしていますが、駅舎もホームも昔と一緒。ただ、駅の周りは高いマンションとかもできはじめて、少しずつ町は変わってきています。スカイツリーあたりはまったく変わっちゃいました。駅は変わらず、町は移り変わってゆく。そんなところですよね」(岩波さん)
開業から約120年。荒川放水路によるルート変更から隅田川を渡って浅草への延伸、空襲、スカイツリー誕生、コロナ禍……。下町の沿線は、下町らしさを残しながらも少しずつ確実に変わってきたし、これからも変わってゆくだろう。そしてその中を、東武の電車が生活を支えて走っていることだけはずっと変わらないのである。
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