しかし、本当にそうでしょうか。私には、到底、賛成できる理論ではありません。現に量的金融緩和と拡張的財政政策を続けてきたアメリカでは明確にインフレ経済になりつつあります。日本が永久にインフレ・フリーであり続ける保証はまったくないのではないでしょうか。もし何らかの理由でインフレが発生した場合、2013年以来、「異次元金融緩和」を続けてきた日本銀行も極めて厳しい対応を迫られることになるはずです。
2008年に起こったリーマン・ショックは、マネーバブルの崩壊によって引き起こされたことは皆さんご存じのとおりです。さらに、2011年には東日本大震災が起こりました。これらのショックがさらなる景気後退を引き起こさないよう、政府・日銀は財政拡張と異次元金融緩和に乗り出しました。
その結果、黒田さんが2013年に日銀総裁に就任して以来、100兆円程度だった日本のマネタリーベース(現金と日銀当座預金の合計)が現在では600兆円にも増えています。実質GDPはほとんど伸びていないのに、日銀によるマネー供給が6倍にもなっている。私の見立ては、いずれ何かのショックをきっかけに、日本は取り返しのつかないハイパーインフレの危険にさらされるだろうということです。
経済理論は都合よくつくられる
もう一つ、異次元金融緩和の結果起こっていることは、株価や不動産価格の高騰です。2008年には7000円台にまで落ち込んだ日経平均株価は、その後は異次元金融緩和の影響でほぼ一本調子で上がり、いまや3万円前後にまで上昇しました。また、東京都心などの不動産価格もバブルといってよい状態まで上昇しています。そろそろ本格的な出口戦略が必要な時期に来ていると思います。
そもそも経済理論というのは、その時々の社会情勢、経済情勢に応じてつくられる傾向が強いのです。世界恐慌に見舞われた1930年代ぐらいから戦後復興期の60年代ぐらいまではケインズ経済学が一世を風靡しました。市場にすべてを任せるのではなく、政府が責任をもって総需要管理をすべきだという理論です。
しかし、世界的なインフレに悩まされた70年代を経て、サッチャー首相、レーガン大統領が登場する80年代になりますと、ケインズ主義を見直す動きが強くなり、民営化、規制撤廃、小さな政府、市場至上主義などを主張する「新自由主義」理論が一世を風靡しました。
その新自由主義も現在では行き詰っています。リーマン・ショックによって、自由なマーケットだけでは経済の安定性を維持できないということが再確認できました。また、自由競争を推進するだけでは格差拡大に歯止めがかからないということも明らかになりました。その結果、金持ちの家庭に生まれないと良い教育を受けられないといった身分社会的な傾向が強くなっています。
何より、世界的に経済が低迷し、成長が頭打ちになってきたので、再び政府が積極的に経済に介入し、景気を下支えするべきだと多くの人が信じるようになってきたのです。このような経済社会の状況を反映して、MMTが生まれてきたわけです。
しかし、MMTも一つの「短期理論」と考えるべきでしょう。時代が変われば、理論を支える経済環境も変わり、新たな理論が求められることになるはずです。その新たな理論の中心にくる思想の核になるだろうと思われるのがここで議論している「有限への回帰」なのです。
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