世界の自動車産業の頂点に位置するトヨタ自動車と独フォルクスワーゲン(VW)がこのほど、電気自動車(EV)への巨額の投資計画を相次いで発表した。この分野の先駆けで時価総額では既に両社を抜いて大差をつけている米テスラに対して、業界の覇権をかけた反撃ののろしを上げたかたちだ。
トヨタとVWは12月に入り、EV強化に本腰を入れるため中長期的に巨額の投資を行う方針を明らかにした。両社が計画する投資額は合計で約1700億ドル(約19兆円)にも達する。
未来の車をイメージさせる商品で投資家の心をつかみ、現時点では規模が小さいEV市場で支配的な地位を占めているテスラに対し、年間1000万台規模の車を世界中で販売するトヨタとVWもEVの時代が到来しつつあることを認識し、業界の王者であり続けるための方策を探り始めた。
両社の幹部もエンジン主体の体制からの移行が混乱につながる可能性があることは十分認識している。米アップルのスマホ市場への参入によりフィンランドの通信機器メーカー、ノキアなどの既存勢力が大きな影響を受けたのと同じような事態に発展することも考えられる。
元日産自動車副社長でアストン・マーティン最高経営責任者(CEO)も務めたアンディ・パーマー氏は、世界最大の自動車メーカーであるトヨタとVWが「完全EV化への道を選んだ以上、もはや臆測の余地はない。業界の主流はEVになったということだ」とし、「想像されている以上にEV化への転換は急速に進むだろう」と述べた。
テスラを強く意識しながらもEVについては立ち位置が必ずしも定まってこなかったVWに対し、EVの研究開発などに潤沢な投資を行う一方、HVや燃料電池車(FCV)も含めた多方面の開発も怠らず、本格的なEV時代の到来まで待ちの姿勢を見せてきたトヨタではスタンスが微妙に異なる。
ヘルベルト・ディース最高経営責任者(CEO)の就任以降、VWは毎年、電動化に関して他社を大きく上回る投資計画を公表してきた。10月には社内の主要幹部を集めた会議のサプライズゲストとして、テスラ創業者のイーロン・マスク氏を招いた。
ポルシェのEV好調
ディースCEOは3月の電池関連イベントの席では「われわれの変化は迅速で、自動車業界で過去100年の間に起きたどんな出来事より大きなものになるだろう」と述べた。
VWのEV攻勢は、まずアウディ「e-tron」やポルシェの「タイカン」など高級車からスタート。さらに昨年はVWブランドのハッチバックタイプ「ID.3」やスポーツタイプ多目的車(SUV)の「ID.4」といった手頃な価格帯の車種が飛躍的に伸びるはずだった。
タイカンの販売は好調で、ポルシェを代表するスポーツカー「911」やテスラのモデルSなども上回る可能性がある。ただ、同社は1-10月期に32万2000台のEVを販売したものの、昨年の目標に掲げていた60万台には遠く及ばない。
VWはそれでも今年までに計27車種のEVを投入する方針だ。EVを生産する工場もドイツ、中国、チェコにある従来の5拠点から、米テネシー州の工場などを含めた8拠点に拡大する。
一方、トヨタのハイブリッド車(HV)の先駆けで代表的な車種である「プリウス」は、電池だけで走行するEVに比べ「少し遅れている」とみなされてきた。大衆向けに世界中で販売されるトヨタ初の本格EVは今年まで投入されない。
車好きとして知られるトヨタの豊田章男社長は11月に岡山県で開かれたレース会場で、独特の排気音を奏でる水素エンジン車を走らせていたが、その約1カ月後には都内でスーツ姿に身を包んで会見に臨み、今後投入予定のEVの新型車を次々と紹介していった。
投資家からの批判
豊田社長はプレゼンテーションで、電動車の研究開発や設備投資のために2030年までに約8兆円を振り向けることを明らかにした。そのうちEVに半分の4兆円を充てる方針という。同社のEV世界販売台数は30年まで350万台と、約半年前に公表していた200万台を大幅に上回る目標を掲げた。販売拡大に向けて、30年までに30車種のEVを展開する予定だという。
この発表にいたるまで、トヨタでは曲折があった。業界全体のEV熱に異を唱えるような同社幹部による慎重なコメントもあり、一部の投資家や環境保護団体などからトヨタはEV化への対応が遅れているとの批判も出た。
トヨタの株式も保有するデンマークの年金基金アカデミカーペンションの最高投資責任者を務めるアンダース・シェルデ氏は昨年夏の時点で、EVに対するトヨタ経営陣の姿勢は長期的な成功につながる戦略とは思えないと話していた。
シェルデ氏はインタビューで、自身のファンドが地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」の目標に沿ったものであるかという点に基づいて投資対象を広い視点から精査し始めているとした上で、トヨタについては「企業としての振る舞いを整えるために今後2-3年はかかる」との見方を示していた。
このような批判はトヨタにとっても手痛いものだった。カーボンニュートラルに関するトヨタの考えが世の中にうまく伝わらないことが同社幹部の間でも悩みの種となっていた。
トヨタはEVの抵抗勢力にあらず、考えが伝わらずもどかしさ-副会長
トヨタとVWはEVに本気で取り組むことを世間に示したが、EV化はボタンを押せばすぐ実現するというような簡単な話ではない。
テスラも着々と生産拡大
EVメーカーでトップの位置にあるのはテスラであり、当分の間はこのリードを守るだろう。同社は昨年操業を開始した中国の上海工場の設備更新のために計12億元(約215億円)を投資、従来公表していた年産45万台を超える生産能力を目指す。
ドイツ・ベルリン郊外と米テキサス州オースティンの車両組立工場でもミッドサイズSUV「モデルY」の生産を開始するなど、体制を強化している。こうした生産増に見合う需要は十分にある。
ドイツ銀行が先月開催した会議で、テスラのIR責任者、マーティン・ビエチャ氏は、モデルYとセダンタイプの「モデルS」の納期が6カ月を超えていることを明らかにした。
ドイツ銀のアナリスト、エマニュエル・ロスナー氏はメモで、EVへの需要が業界全体の供給能力を明らかに超えている状況だとした上で、EVに関して重要になるのは「受注ではなく生産能力や供給を途切れさせない技量、最適なコスト」を確保できるかだとして、その意味において「テスラは他社に相当なリードをつけていると感じられる」と述べた。
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著者:River Davis、Craig Trudell
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