陸自で、諸外国の衛生兵にあたるのは「看護陸曹」である。だが彼らにできることは衛生兵に比べて極めて限定的だ。諸外国の衛生兵と異なり、医官(医師)の指示がなければ、原則投薬、注射、縫合などの手術すらできない。これは「看護陸曹」の資格は看護士に準じており、医師法の縛りがあるからだ。
前線では各小隊、分隊毎に医官(軍医)が配備されているわけではない。また医官が戦死する場合もあるだろう。いちいち医官にお伺いを立てに司令部に伝令でも走らせるのか。医官が戦死すればまさに処置なしだ。弾は医官を避けてくれるわけではない。演習ならば問題ないのだろうが、実戦では大問題だ。
つまり諸外国の軍隊ならば衛生兵の手当によって命や手足を救われる将兵が、自衛隊では救われないということだ。その場合、看護陸曹が自主的な判断で医療行為を行えば(たぶん多くの看護陸曹は職業倫理から救命を行うだろう)、彼らは犯罪者になってしまう。だからと言って、法を順守するならば、みすみす助かる戦友を見殺しにすることになる。戦争になれば法を守るか、戦友を守るかという冷酷な、他国の衛生兵ではありえない選択を看護陸曹たちは強いられるのだ。
このようなことは医師法を改正すれば簡単に解決できるが、防衛省は長年この事態を放置したままだ。2014年になって防衛省内部でも衛生関連の法的規制の見直しが検討されている。ただ医師会という利権団体が存在するだけに道はかなり険しいだろう。
これらの自衛隊の衛生関連の法律、装備の見直しは先の東日本大震災のような大災害でも役に立つはずだ。そのためには看護陸曹が隊員に処置を行うための法的な規制の緩和はもちろん、非常時には通常の規制を撤廃して看護陸曹が自主的な判断で民間人にも治療ができるような法改正が必要だ。
陸自は装甲野戦救急車を持っていない
問題はこれだけではない。陸自には日本からODAを受けているトルコやパキスタンといった途上国の軍隊ですら保有している装甲野戦救急車が1輌もない。つまり戦場から患者を搬送するのは非装甲の救急車しかなく、これを戦場で負傷者の移送に使えば途中で被弾して更に被害者を増やすことになる。これまた戦争を想定していない証左だ。
戦後、フランス軍がアルジェリア戦争で負傷者の後送にヘリを使用して以来、衛生用ヘリを使用することは多い。だが自衛隊では米軍などと異なり専門のメディバック用のヘリもない。「ヘリに搭載する衛生キットはありますが、有事では人員や弾薬の輸送で我々にヘリはまわってこないでしょう」。自衛隊総合病院院長の経験者はかつて筆者に、こう語っている。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら