地方の児童養護施設で育った
4年8カ月ぶりに児童養護施設出身の菅野舞さん(仮名、25歳)に会うことになった。
当連載「貧困に喘ぐ女性の現実」で2017年3月に取材当時、舞さんは大学2年生。東京でひとり暮らしをしながら、学費や生活費を稼ぐことに追われていた。それだけでなく、知らない街での孤独や無理して働いたことによる精神的な疲弊が重なってギリギリの状態だった。表情は暗く、目が少し死んでいて、投げやりな言葉が多かったことを覚えている。帰り際、通話しっぱなしのLINEを見せて、同棲している彼氏とずっと通話状態にあることを言っていた。
いま暮している街の最寄り駅で待っていると、舞さんは時間どおりにやってきた。金髪姿だった。髪型や服装が自由の会社に勤めているようで、髪の毛だけではなく、表情も明るかった。大学は4年間で卒業し、現在の会社に新卒入社していま社会人3年目である。年収420万円と同年代よりたかく、学生のときに苦しんでいた貧困状態からは脱していた。
「就職活動で大手も受けたけど、結局、縁のあったベンチャー企業にお世話になっています」
彼女は地方の児童養護施設出身。両親は健在だったが、ネグレクトによって施設に預けられ、小学校2年生のときに母親は自死している。高校時代に周囲の反対を押し切って大学進学を決め、高校1年生からアルバイト三昧だった。受験費用、引っ越し費用、学費、生活費をすべて自分で稼がなければならない生活となって、つねにお金に追われているうちに健康状態は悪くなった。当時、精神的に不安定なときに取材している。
学費高騰や親が学費負担できないことが理由の学生の貧困は、大きな社会問題となっている。日本学生支援機構など何らかの奨学金を大学生(昼間部)の47.5パーセントが活用している(日本学生支援機構「平成30年度学生生活調査結果」より)深刻な状態で、毎年行われる東京私大教連の調査では、自宅外通学者への仕送り額は最低記録を更新している。
舞さんは大学進学を決めたとき、高校の担任、進路指導、児童相談所、施設の職員とすべての関わる人に進学を反対されている。そんななかで受験し、合格して入学手続きをし、住居を確保して上京している。そして、東京ではすぐに想像していた以上の深刻な貧困に陥った。あれから、どうやって厳しい状況を乗り越え、現在に至ることができたのか聞いていく。
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