山形「ワーケーション新幹線」が秘める大胆戦略 2022年3月引退の「とれいゆつばさ」使い運転

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そもそも、県がトンネル建設に前向きでも、JR東日本にとって1500億円はおいそれと出せる金額ではない。そのためにも、新幹線の輸送量を少しでも増やすことでトンネル整備効果を高め、JR東日本にとってもメリットのある話にしたいという狙いがある。さらにトンネル完成の先には県の悲願であるフル規格化も視野に入る。

それだけではない。小林部長は「ワーケーション新幹線を将来のビジネス創出にもつなげたい」と意気込む。中小企業庁の調査によれば、2018年度における山形県の開業率(全事業所数に占める新規開業企業の割合)は3.1%。47都道府県中、秋田、新潟、島根に続くワースト4位だ。

さまざまなプロジェクトを「串刺し」

県としてはこの比率を何としても引き上げたい。山形駅で下車した参加者にスタートアップステーションを案内したのはそのためだ。

山形県みらい企画創造部の小林剛也部長(左)ら「やまがたわーけーション新幹線」の実現に奔走した関係者たち(記者撮影)

この施設はコワーキングスペースがあるだけではなく、「スタートアップ」と銘打っているとおり、起業のための相談窓口も設けた。「車内で偶然の出会いがあった」と話してくれた参加者がいたが、県はスタートアップステーションで偶然出会った人たちの何気ない会話から新しいビジネスが生まれることも期待している。

施設内には会話のきっかけになるようにスナック類が無料で提供されたり、思いついたことを自由に書き込めるノートが置かれていたりしていた。ささいなことだが、行政にありがちな「器を造って終わり」という姿勢とはまるで違う心配りだ。

やまがたワーケーション新幹線は、新幹線の輸送量増加、トンネル建設、フル規格新幹線、県内のビジネス機会の創出といった性格も時間軸も異なるさまざまなプロジェクトを串刺しにする施策だった。今回の取り組みが成功だったかどうかは参加者のアンケート結果を待つ必要があるし、狙いどおり将来につながるかどうかを考えれば簡単に結論は出せないが、少なくとも、前例がなくてもまずやってみるというチャレンジ精神が民間ではなく官の側から出たことは明るい材料だといえるだろう。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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