真珠湾攻撃から80年「元日本兵」が語る戦争の内実 あの時代の「狂喜」と「悲嘆」はなんだったのか

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同じインドネシアでもスマトラ島に在住していた元日本兵は、真珠湾攻撃の一報を横浜の自宅の布団の中で聞いたラジオで知った。まだ10代の少年だった。その瞬間に「よし、俺は兵隊になってやろう」と思った。胸が高鳴って眠れなかったという。

その翌年、18歳で軍隊に志願した。彼は言った。

「『人の嫌がる軍隊に、志願で出てくるバカもいる』なんて、私の前で歌う奴もいましたよ」

2人の兄がすでに兵隊になって中国で戦っていたことも大きく影響したという。

“白紙”が自動的に“赤紙”になった日本兵も

そうかと思えば、12月8日がそのまま人生を変えた元日本兵もいた。当時は20歳になると男性が受ける徴兵検査には、すぐさま入隊となる甲種合格と、予備となる乙種合格があった。ホーチミン市で出会った元日本兵は第3乙とされ、通常は兵隊に採用されることはないはずだった。

「あのころは、甲種合格といったら威張って歩けるっていうんだから、第3乙なんてしゅーんとしとったですよ」

その代わり「教育召集」というものが3カ月間だけ課せられた。徴兵が“赤紙”なら、教育召集には“白紙”が送られてきた。彼もこの白紙を手に、「じゃ、ちょっといってくるぞー」とだけ周囲にこぼして気軽に入営した。周りもすぐに帰ってくるものと、見送りもしなかった。

山口県山口市の生まれだったが、このころには中学を出て朝鮮半島で税関の仕事をしていた。だから、彼が召集されたのも平壌だった。開戦の年の11月1日のことだった。

「そして毎日、日にちを数えながら、あとしばらくしたら帰れるぞ、と言ってやっとったんですよ。そうしたら12月8日に、どどーん!となっちゃって、それでもう自動的に赤紙になっちゃったんです」

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