コロナで死に瀕した女医を見守った看護師の回顧 本当の英雄は不安や恐怖と闘う「患者の家族」

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「患者の家族」こそが本当の英雄

その日、私ははっきりと悟った。新型コロナウイルス感染症は、私がこれまでに見てきたなかで最もやっかいな病気だ、と。

ひとりでベッドに横になり、生きるために必死に闘うメタの姿は、このウイルスの恐ろしさを端的に表していた。

最近、医師や看護師を「英雄」と呼ぶ人が増えているが、私に言わせれば……本当の英雄は「患者の家族」だ。愛する人の顔を見られないまま、家にとどまって不安や恐怖と闘っているのだから。

彼らがどれほどつらい思いをしているかは、想像にかたくない。別の病院で治療を受けているメタのことを思いながら、私はほかの患者のケアに力を注いだ。患者が孤独に押しつぶされないように、ベッドに家族の写真を飾り、音楽をかけ、時間の許すかぎり病室に顔を出した。

最終的に、メタの容体は回復した。別の病院に移されてから10日後、人工呼吸器が外されたという知らせが入ってきて、私たちはほっと胸をなで下ろした。

その後、彼女は私たちの病院のリハビリ施設で数週間のリハビリを受け、無事に家に帰っていった。

退院から2カ月後、私は彼女の家にお見舞いに行った。まだ全快には程遠かったものの、メタは元気そうな笑顔を見せてくれた。

寄り添うことで同じ道を歩く

以来、私とメタの関係は少し変わったように思う。もともと彼女はとても親しみやすい女性だったが、感情をあらわにすることはなく、常に他人と一定の距離を置いているように見えた。

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しかし、あの土曜日の夜、メタは私の前で悲しみに打ちひしがれていた。私はそんなメタに寄り添ったが、彼女がそのことをどう思っているのかはわからなかった。

私はただ、思いついたことを実行に移しただけだ。でも退院後、メタはそのときの気持ちを話してくれた。

「私が暗闇のなかにいたとき、そばにいてくれてありがとう。あのとき、あなたの人生と私の人生が交わったような、不思議な感じがした。短い時間だったけど……きっと私たち、同じ道を並んで歩いてたのね」

いまや私たちは、かけがえのない時間を共有している。

私もメタも、あの日のできごとをけっして忘れないだろう。

エレン・デ・フィッサー オランダの日刊紙『デ・フォルクスラント』の科学ジャーナリスト

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Ellen de Visser

2017年にコラム「ある特別な患者(Die Ene Patiënt / That One Patient)」の連載を始める。医療従事者たちへのインタビューをまとめたこのコラムは、一般読者から専門家まで、多くの人に感動を与えてきた。

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