開発協力の本領発揮に必要な「巻き込む」農業支援 多様なステークホルダーと「ミンダナオ和平」

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落合:地元にコミットしているのは、やはり1つは行政府です。そこで農業だったら、先ほどのMAOの人々がいます。彼らは地元から逃げることができないので、彼らをしっかりと育てれば、行政府の予算で、その事業を進めていくので持続発展性も高まると考えました。

フィリピン行政学院の巻き込み

高木:農業支援を持続可能なものにするためのアイデアを出していたら、行政府の巻き込みが欠かせないという認識に至ったということですが、行政府は十分な能力があるのでしょうか。

落合:この事業に関して言えば、当初はミュニシパリティに対する能力向上が目標ではなく、とにもかくにも半農半兵のMILFの人たちの生計向上を図ることが大きな目標でした。ただ、その大きな目標を達成するためにはミュニシパリティを巻き込まないとうまくいかないっていうのはわかってきたので、2019年からのプロジェクトは、そういうミュニシパリティの能力も高めることもしています。

高木:行政府に対しては、何をされてるんですか。

落合:ガバナンス支援というコンポーネントを立てて、BTA(バンサモロ暫定自治政府)の新人職員研修をやっています。日本で言う公務員研修です。あと、各ミュニシパリティのシティズン・チャーターをつくる支援などもやってます。基本的にはARMM時代にやってたこととか、フィリピン中央政府がやってることと大きくは違いません。ARMM時代も含めて、リソースはできる限り行政府からと思ってきました。

高木:それは例えば研修の講師としてフィリピン政府の人を呼んでくるなどのことでしょうか。

落合:それもそうですし、あとフィリピン行政学院(DAP)ですね。もう辞めちゃったんですけど学院の局長級の立場にマリクレスという女性がいました。その彼女が本当にミンダナオの和平に熱心でした。彼女がいた時代、JICAも学院とミンダナオの支援をやりました。現在は、学院の上級副学長がマリクレスに感化されて、「JICAと一緒にやるんだったら頑張りましょう」っていう流れができています。

高木:JICAによる農業支援を通じて、フィルライス、地元政府の農業局、そして中央政府の行政学院までつながったということですね。紛争当事者である政府と反政府組織だけを見ていると見落としてしまう多様なステークホルダーの存在がつながる様子は開発協力の本領発揮という感じがします。

落合 直之 バンサモロ暫定自治政府首相アドバイザー

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おちあい なおゆき / Naoyuki Ochiai

1963年横浜市生まれ、明治大学政治経済学部政治学科卒業、法政大学大学院政治学研究科政治学修了。1991年国際協力事業団(JICA:現、国際協力機構)入団。東南アジア地域、平和構築、ジェンダー、鉱工業、企画、調達、安全管理を担当する本部部署や海外事務所(フィリピン、ヨルダン)に勤務。在フィリピン日本大使館一等書記官、ミンダナオ国際監視団(IMT)シニア・アドバイザー、JICAバンサモロ包括的能力向上プロジェクト総括を歴任。2016年中曽根康弘賞受賞。著書に『フィリピン・ミンダナオ平和と開発―信頼がつなぐ和平の道程』(佐伯印刷出版事業部)などがある。

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高木 佑輔 政策研究大学院大学准教授

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たかぎ ゆうすけ / Yusuke Takagi

1981年群馬県生まれ、慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位修得退学。博士(法学)。在フィリピン日本大使館専門調査員、デ・ラサール大学教養学部国際研究科助教授等を経て現職。専門は東南アジアを中心とする新興国の政治と外交。主な著書に、Central Banking as State Building: Policymakers and Their Nationalism in the Philippines, 1933-1964.(Singapore: National University of Singapore Press, Kyoto: Kyoto University Press, Quezon City: Ateneo de Manila University Press, 2016. 第34回大平正芳記念賞受賞)、『国際協力の戦後史』(共編、東洋経済新報社、2020年)などがある。

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