彼女が住んでいるというマンション2階の部屋の扉を開けた途端、複雑な生活臭が鼻をついた。整髪料に制汗剤、生乾きのタオル、あとは揚げ物のにおいだろうか――。
玄関にはスニーカーやパンプスなど大小さまざまな靴。室内に目をやると、12~13畳の広さの部屋の両壁際に2段ベッドが2つずつ置かれていた。それぞれのベッドの前にはカーテン代わりの布が垂れている。中から人の気配がする。
もう1つの壁際には、げた箱のようなロッカー。貴重品入れだという。床には黒やピンク、赤のキャリーケースのほか、シャンプーやリンスの入ったかご、使用済みの紙皿、酒の空きビンなどが所狭しと置かれていた。
まさか本当に、こんな普通のマンションの一室に、他人同士の男女8人が暮らす異常な空間があるとは――。
「何してんの? 引っ越し?」近寄ってきた若い男
しかし、驚いている暇はない。部屋の持ち主だという男に見とがめられる前に荷物を運び出さなければならない。ミユキさんと私の2人で段ボールやビニールバッグを階段を使って降ろし、建物に横付けした瀬戸さんの車に積み込んでいく。4往復ほどしたころに、白いジャージの上下を着た若い男が近寄ってくる。
「何してんの? 引っ越し?」「どこに行くの? 何区?」と話かけられ、少し緊張する。私が小声でミユキさんに「部屋のオーナーですか?」と尋ねると、「別の部屋の住人です」という。同じような“タコ部屋”がほかにもあるということか――。
引っ越しは30分ほどで無事完了した。私が作業の合間を見て携帯で撮影した室内の写真を瀬戸さんに見せると、「脱法ドミトリーだな」とため息をついた。
ミユキさんは地方都市出身。新型コロナウイルスの感染拡大が本格化したころに体調を崩したこともあり、働けなくなった。2020年秋、生活保護を申請するため都内の福祉事務所に足を運んだところ、相談員から「落ちるところまで落ちてから出直してください」と言われたという。その後、ネットで見つけたこの脱法ドミトリーで暮らしてきた。
「“家賃”は1日1000円。ネットの民泊サイトや旅行サイトで普通に予約できます。私のように住まい代わりにしている人がほとんどですが、時々出張で利用している会社員もいました」
脱法ドミトリーを退去したものの、行く当てがあるわけではない。ミユキさんは瀬戸さんが事務局長を務める反貧困ネットワークが運営するシェルターに一時的に入居した。
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