意外と知らない中国式の「国家資本主義」その本質 「資本主義と民主主義はセット」の常識を超える

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橋爪:その毛沢東に、習近平は、強烈に魅せられているわけです。中国の伝統的な国家運営のシステムこそが西側諸国に対抗できるという、毛沢東のアイデアは基本的に正しかった、その路線で資本主義をやってみようと、習近平は勝手に読み替えたんです。もし、毛沢東が生きていたら、習近平と大喧嘩になると思うが、死んでいるのでどうしようもない。

私の感覚では、イスラームの独裁権力とほぼ同じで、正統性にチャレンジするほかの相手がいないという点では、習近平は絶対で安定している。でも、正統性を証明し続けなければならないという点では、非常に不安定である。そういう二重性を持ったまま、世界のトップに躍り出てしまった存在だと思う。

期せずして資本主義に貢献した文革 

大澤:なるほど。今の中国を見ると、蹂躙しているという意識もないぐらい、マルクス・レーニン主義は無視されている感じがします。むしろ、伝統中国から来ている無意識のエートスとか行動様式が相当効いているように思える。まず、毛沢東に関しては、あの文革は失敗だったわけです。人口十億人規模の国が世界の最貧国になるかという大変な歴史を経験したのに、それが一世代もしないうちに、これほどの経済大国になった。これはどういうことなのか。うまくいっている理由は、中国のシステムによるのか、それともトップの賢さによるものなのか。

橋爪:中国の飛躍的な成功の根源は、強烈な資源の動員ですよ。毛沢東のやったことは、革命的ロマン主義を説きまくりながら、地主たちから所有権を取り上げて社会的所有にし、とにかく資源にしてしまった。それが合理的に活用されるのは鄧小平の改革開放からですが、そこではすでに国有財産を使って、ビジネスのやり放題。それをマネジメントした共産党の連中は、リベートの取り放題。

誰がよりうまい汁を吸うか、共産党の中での権力闘争や党派闘争がずっと続いていくわけですね。この改革開放から中国の経済発展が始まりますが、それを実行した鄧小平も偉いが、その基礎をつくったのは毛沢東だと、習近平は毛沢東に共感しているのだと思います。

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大澤:それはちょっとわかる気がします。今考えてみると、文革は中国の資本主義にとっては非常に有利に作用したと思う。文革とは何かといえば、毛沢東以外のすべてに反抗してもよい、そういうことだと思うんですよ。

伝統的な生活様式や価値観というのは、ダイナミックな資本主義にとっては足かせになります。ところで、文革においては、儒教の国で子が親を批判するなどとんでもないことなのに、それが許された。毛沢東という聖域さえ残しておけば、すべてを批判し、破壊することができるという、強烈なダイナミズムです。

この段階では資本主義は発展しませんが、ここで伝統的な束縛を完全に相対化できたのは、非常に大きい。文革は意図せざる形で、中国の資本主義と経済発展に貢献したのではないか。私は半分本気でそう思っています。

いずれにせよ、中国の現在の成功を見ると、僕らが考えていた社会科学の常識が引っくり返ることばかりで、驚きの連続です。

(構成・文=宮内千和子)

橋爪 大三郎 社会学者、東京工業大学名誉教授

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はしづめ・だいさぶろう / Daizaburo Hashizume

1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『おどろきの中国』(講談社現代新書)、『一神教と戦争』(集英社新書)など。

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大澤 真幸 社会学者

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おおさわ まさち / Masachi Osawa

1958年、長野県生まれ。社会学博士。千葉大学助教授、京都大学教授を歴任。2007年『ナショナリズムの由来』(講談社)で毎日出版文化賞、2015年『自由という牢獄』(岩波現代文庫)で河合隼雄学芸賞受賞。ほか『不可能性の時代』(岩波新書)、『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)など多数。共著に『ふしぎなキリスト教』『おどろきの中国』『げんきな日本論』(講談社現代新書)

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