小田急多摩線を何度も往復「謎の回送列車」の正体 運転士が「基本中の基本」のブレーキ技術を競う

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競技会列車は多摩線の終点、唐木田駅を10時02分に発車。16時過ぎまで6往復し、1人1回片道の運転で腕を競った。今回の競技会は厳密な試験とは異なるが、ブレーキ時の衝動や停止位置、時間などがチェック項目になる。衝動の判定には、小田急社員が独自開発した揺れを検知するタブレットのアプリも使用した。

「自動制動」でブレーキをかける様子。ハンドルを右側に回している(記者撮影)
ハンドルを左側に回してブレーキを緩めている様子(記者撮影)

運転室の後ろでは各部署から来た見学者らが見守る。駅に近づくといよいよブレーキのタイミングだ。自動制動の場合、コツは「停まる位置の手前をめがけてブレーキをかけていき、そこから緩める」(田島部長)ことだという。

「シューッ」と空気が抜ける音が聞こえると、電車のスピードがみるみる下がっていく。ブレーキ管の圧力が下がり、ブレーキが効いている証しだ。営業運転では使わないというものの、どの運転士も操作はスムーズだ。

理想とされるのは、1度のブレーキ操作で大きく減速し、追加のブレーキをかけることなく「緩め」の操作を行って衝撃なく停める「1段制動」。プロから見てレベルの高いブレーキ操作が決まるたび、車内には「うまい!」「いいねえ」「衝動ほぼゼロですね」との声や拍手が湧き起こった。

第1走者だった若手運転士の関口靖人さんは運転歴3年目。「普段は使わないブレーキなので緊張すると同時に、運転士としてのやりがいを感じました」と語る。とくに途中の2駅では理想的な停車だったといい、「やっぱり1段制動で停められると誇りもあり、自信もつきました」と笑顔を見せた。

「競技会」もう1つの狙い

競技会は、技術の伝承やメカニズムへの理解を深めるといった目的だけでなく、さらに別の理由もあった。小田急電鉄とグループの小田急トラベルは今年10月から11月にかけ、数少なくなった1000形の未更新車をテーマにしたツアーを開催。この中で「自動制動」を体験するコースがあり、競技会は同列車の運転士候補者を選ぶ機会でもあった。

審査の結果、1位は運転歴4年目の古賀捷一郎運転士、2位は関口運転士と、若手2人が上位に。自動制動を経験したことがなくても、日常の運転で得たブレーキ感覚や学んだ内容が生きていることの証しだろう。

競技会の審査には衝動を計測できる独自開発のタブレットアプリも使用した(記者撮影)

初の試みだった自動制動の運転競技会。「最初はベテランしか参加しないかと思っていました」と企画者の新井さんは語るが、実際には新人から長年の経験者まで積極的な立候補があったという。競技会という形で「わくわく感」を高めつつ技術の基礎を知るという狙いは成功したといえそうだ。

近い将来には姿を消すであろう自動制動の車両。だが、今後新しい技術が次々に導入されたとしても、基礎的な安全性の考え方や仕組みを知ることの重要性は変わらないと新井さんはいう。テクノロジー全盛の時代であっても欠かせない人間の力。日ごろ利用していると気に留めることもない「電車のブレーキ」だが、そこにはプロの技が凝縮されている。

小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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