「ストーリーというウイルス」が市場を支配する時 「欲望の資本主義」が迫る「人の心に巣食う習性」

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人は見たいようにものを見る。さまざまなファクターからなる現象も、そこに勝手に因果関係を見いだして、自分を納得させる物語を作り出してしまう。経済におけるさまざまな判断も、現実からではなく、現実の解釈=物語から生まれる、というわけだ。

だからこそ、社会学、心理学、人類学、精神分析学、宗教学、神経科学……、さまざまな学問ジャンルを横断して、人間というこのバイアスがかかりやすい生物が経済現象に下す解釈の際に機能する物語を分析し、新たな予測を導き出そうとする。

そしてそのうえで、ケインズこそ、この「ナラティブ経済学」の先駆者だったとシラーは語る。先の「平和の経済的帰結」も、敗戦の状況下で莫大な賠償金を課されたときにドイツ人たちによって広がる「ナラティブ」を、ケインズは洞察できたからだというわけだ。確かに、当時のドイツ国民の間に広がるルサンチマンが大いなる復讐の「物語」を生み、その「感染力」はとてつもないものだったということになる。

ケインズ/シラーの言説を、逆の角度から表現するならば、人々の心の底に眠る感情に火をつける、怨恨への導火線のような効果を持つ物語は、人の解釈を簡単に歪めてしまうのだ。

「記号の勝利」=「見えない資本主義」の時代

100年前の悲劇。これはいわば「経済」の問題がそのフレームを超え、社会、国家問題となり、ますます人間の精神の暗部の炎をあおることとなった事例だが、こうした人間の精神活動の性とも言うべきものについての解析は、フランスの家族人類学者にして思想家のエマニュエル・トッドも、こんな言葉を残している。 

「経済をコントロールしても、現代の複雑な社会の問題は解決できません」(トッド)

彼もまたケインズについては評価が高く、過去のインタビューでも、ケインズを固定化した数理モデルの人と捉える見方に異議を唱え、いら立ちを隠そうともしない姿が印象的だった。そして、現代ヨーロッパを代表する知性は、こうシニカルに世界経済の潮流を分析してみせた。

「これまでの経済の勝利とは、記号的なものの圧勝でした。物価や利益率、金融などあらゆるものを数値化、非物質化した勝利でした」(トッド)

実はこれがまた、現代の資本主義の厄介な特徴なのだ。

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