マサヤさんは、企業の役員車などの運行を請け負う会社の正社員ドライバー。会社はある大手企業の関連子会社でもある。親会社である大手企業のほか、さまざまな企業や団体からも業務の発注を受けているという。
マサヤさんによると、以前であれば、例えば夕方、役員を会食場所まで送り届けた後、運転手はその場で待機していた。ところが、働き方関連法施行後は会食場所まで送り届けると運転手の仕事は終了。役員らが帰宅する際は、それぞれにタクシーを利用することになった。マサヤさんは「待機時間と自宅までの送迎を合わせると3、4時間はかかります。その分の残業代がまるまるつかなくなりました」と説明する。
マサヤさんは多くを語らないが、妻と別居して5年ほどたつ。中学生になる2人の子どもはマサヤさんが育てている。家族3人、手取り18万円では到底暮らしていけない。国によるコロナ対策の一環である貸付金の「総合支援資金」と「緊急小口資金」はすでに上限の200万円まで借りてしまった。空いた時間を使ってテニスのガット張りの内職をしているものの、焼け石に水だという。
もう後がないという不安から憤りが口をついて出る。
「会社の上司は(大企業である)親会社からやってきた人たちばかりで、運転手の働き方なんてまるでわかってません。私たちには親会社のように社宅や住宅手当もない。(働き方改革について)政府もマスコミも長時間労働が減るとか、過労死がなくなるとか、いいことしか言わないけど、残業代に依存している業界や会社は少なくないはず。働き方改革のせいで、生活が苦しくなったという人は結構いるんじゃないでしょうか」
訪問先の会社について、入念にチェックする
役員車付運転手として働き始めて10年あまり。マサヤさんのプロ意識は極めて高い。
新しいビルができると、必ず徒歩で行ってみる。周囲をぐるりと歩き、出入り口やエレベーター、受付などの位置を頭にたたき込むためだ。訪問先の会社については、事前にホームページをチェックする。社長や主な役員らの経歴、メディアで取り上げられた話題について調べておく。
「移動中の車内で役員から『(訪問先企業の)社長の出身大学って、どこだっけ?』などと聞かれることが時々あるんです。そういうときにちゃんと答えられるようにしておくと喜ばれます」とマサヤさん。
アメリカへの留学経験があるので英語も問題なく使えるという。国際会議などがあると、普段の業務に加え、外国からの要人の専属運転手として配置されることもある。マサヤさんは「空港内の関連施設や航空会社ごとのターミナルはもちろん、イスラム教徒の方のための礼拝室の場所もすべて頭に入っています」と誇らしそうに語る。
マサヤさんにいわせると、運転手の質はピンキリ。それでも一部の運転手とは顔を合わせるたび、新しくできた道路についての情報交換を欠かさない。役員車付の運転手はよほどのことがない限り、事故に遭うリスクの高い裏道や抜け道は使わないという。しかし、万が一に備え、マサヤさんの頭の中では裏道も含めた毛細血管のような道路の情報が日々アップデートされている。
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