今年2月に新型コロナは法的に「新型インフルエンザ等感染症」として位置づけられ、感染症対策としては、国民の私権を最大限に制限できるようになった。ところが、新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長や知事たちはもっと制限できるよう法改正せよという。全体主義国家を目指せというのか。
学校の夏休みを延長せよという尾身氏の発言が注目されているが、たびたびの対面授業の削減は、将来を担う子どもたちの教育に禍根を残しうる。新型コロナのまん延防止の観点だけでは決められないことで違和感がある。このような事態を招いているのは、政府が決断力を持たずに、分科会に頼っているためだ。「政府が対策案を分科会に諮る、という状態は完全に役割が転倒している。野党も国会で尾身さんに答えさせるのがおかしい。官邸がまったく機能しなくなっている」とピクテの市川氏は指摘する。【2021年8月27日10時20分追記】尾身会長の発言部分に不正確な部分がありましたので、修正しました。
本来、分科会はあくまでも感染症の専門家として政府に意見を具申する立場だ。新型コロナに対してどういう戦略を取るのかについては、感染症の専門家の意見のほかにも社会的、経済的、政治的なさまざまな観点の情報・意見からも総合的に考えて、政府、つまりは菅首相が最終的に決断すべきものだ。
医療のための国民ではなく、国民のための医療を
政府は新型コロナから逃げている医療従事者にもっと強い権限を行使するべきだ。医療関係者に医療の提供を要請する法律の条文としては、改正感染症法16条の2の他に、新型インフルエンザ等対策特別措置法31条もある。 この法律ではコロナ診療を、直接に法的拘束力を持って医療者に強制することができる。その不服従には行政処分を行うという運用もありうる。ちなみに、特措法の改正で今年2月には飲食・宿泊業者などを念頭に事業者が従わない場合の過料を定めた。
一般の守られていない事業者を対象に、十分な補償もせずに素早く過料の規定を導入しておいて、なぜ、公的制度で守られている医師に強制力を働かせようとしないのか。特措法31条を抜かずの宝刀にしておかずに、その運用も検討するべきだ。「既得権益を打ち破る」と就任時に語った菅首相の政治力が問われる。
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