国際的孤立のスーダンに深く浸透する中国

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ダルフールの悲劇

スーダンはアラブ系スーダン人・イスラム教徒(スンニ派)が支配する国である。だが、アラブ化、イスラム化する以前は、住民はブラックアフリカン系の人々がほとんどを占めており、宗教も伝統的なアミニズム(精霊信仰)だった。

イスラム教以前にスーダンに入った外来宗教は、エジプトからナイル川をさかのぼって入ったキリスト教だった。今でも北部にはコプト教徒と呼ばれるキリスト教徒が20万人ほどいるといわれる。次にアラブ人がキリスト教と同じルートでイスラム教とともに入り、しだいに現地の人人もアラブ人と混血し、イスラム教を受け入れる。バシル大統領はアラブ系スーダン人を代表する人物だが、その容貌を見ると、アラブ系とブラックアフリカン系双方の血を受け継いでいることがわかる。

さて、スーダン国内の対立軸を、細部を無視して、図式化する。

ダルフール紛争は同じイスラム教徒であるが、アラブ系というアイデンティティを持つ政府・部族と、ダルフールのブラックアフリカン系スーダン人の対立だった。同時に水と土地をめぐる部族間の争いがあった。2003年に隣国のチャド、リビアの支援を受け、ブラックアフリカン系部族が武装闘争を開始する。

これにアラブ系部族と政府軍が反撃したことから、ダルフール人口約700万人のうち30万人が死亡し、多くの住民が亡命したり、難民になる大惨事に発展する。反政府勢力は中国がスーダン政府を武器供給などで支援したと非難する。

ダルフール紛争を欧米のメディアが執拗に報道した結果、スーダンの国名は知らなくとも、ダルフールという地名は知っている人が多いという状況を創り出し、ICCのバシル大統領への逮捕状という事態になっている。だが、現在、ダルフール紛争は沈静化している。

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