顔認識で「誤認逮捕」汚名晴れるまで1年超の悲劇 犯罪捜査で使われる顔認識アルゴリズムの弱点

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それほどの精度ならば、犯人を特定するためにそのアルゴリズムを使ってもかまわないように思える。だが、そこにも問題がある。

5000枚の顔写真は、アルゴリズムをテストするには少なすぎるのだ。犯罪捜査に使うなら、数千ではなく、数百万の顔の中からたったひとつの顔を発見できなければならない。

だが、データ内の顔の数が増えると、誤認の確率も大幅に高くなる。同じアルゴリズムでも、より多くの顔のデータベースで使うと、精度は急激に落ちてしまう。

2015年、ワシントン大学で100万人の顔のデータベースをもとに、世界中の人の顔をアルゴリズムがどのぐらい正しく認識できるかを競う大会が開かれた。

有名人の顔認識ではほぼ完璧だったフェイスネットは、正解率がいきなり75%に落ちた。それ以外のアルゴリズムは10%台と、はっきり言えば惨敗だった。2018年段階のトップは、中国のテンセントのアルゴリズムで、正解率83.29%だった。

つまり、数百万人のデータベースからひとりの犯人の顔写真を見つけだす場合、6回中1回は間違えるわけだ。スティーヴ・タリーのような事件が起きる可能性があるなら、完璧でない科学技術を証拠として使うべきではないかもしれない。

顔認識による犯罪者

しかし、顔認識による犯罪者の確保には大きな利点もある。

2015年、ハンマーを持ってマンハッタンの通りで通行人を次々に襲った男の監視カメラの映像から、顔認識アルゴリズムはその男がデヴィッド・バリルだと特定した。バリルは事件の数カ月前にインスタグラムに血の付いたハンマーの写真を投稿していた。

2017年、ロンドン橋で起きた事件では、ワゴン車で歩行者を轢き、さらにバラ・マーケット付近で無差別殺傷事件を起こした男のひとりヨセフ・ザグバは、イタリアに入国しようとしたときに顔認識アルゴリズムによって身元がばれた。

こうした犯罪者をすばやく見つけるために、どのぐらい濡れ衣を着せられる人がいてもしかたがないとあきらめるのだろうか?

『アルゴリズムの時代 機械が決定する世界をどう生きるか』(文藝春秋)。書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

それはある意味で、よりよい社会とはどんなものなのかを考えることだ。犯罪の発生を可能なかぎり抑えるべきなのか? それとも、無実の人が濡れ衣を着せられない社会を目指すのか? 他者のためにどの程度まで個人を犠牲にするのか?

マサチューセッツ工科大学教授のゲイリー・マークスはこう解説した。

「かつてのソビエト連邦では、全体主義の独裁的政府という最悪の状況下で、信じられないほど路上犯罪が少なかった。だが、そのためにどのぐらいの代償を払ったのだろう?」

アルゴリズムの判断を鵜呑みにせずに、真意を精査して、誰が得をするのか明確にし、アルゴリズムのまちがいを正し、現状に甘んじないようにする。これこそが、アルゴリズムが社会のために役立つ未来を作るためのカギになる。そういう未来が作れるかどうかは、人間にかかっているのだ。

(翻訳:森嶋マリ)

ハンナ・フライ ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン高等空間解析センター准教授、数学者

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はんな ふらい / Hannah Fry

1984年、イギリス生まれ。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン高等空間解析センター准教授、数学者。数理モデルで人間の行動パターンを解析する研究を行い、政府、警察、健康分析企業、スーパーマーケットなどとも協力している。TEDトークで人気を集め、BBCやPBSのドキュメンタリーの司会も務める。アダム・ラザフォードとのBBCの科学ポッドキャスト『The Curious Cases of Rutherford & Fry』は人気長寿番組になっている。前著に『TEDブックス 恋愛を数学する』(朝日出版社、2017年邦訳刊)。

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