豪雨から身を守るには「雨水の行方」を知るべきだ 降った雨はどのようにして川の水になるのか

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しかしこの先の話も、あるのです。森を豊かにしてゆけば、雨の規模がどれだけ大きくなっても、保水力は上昇し続けるのでしょうか。

結論をいえば、雨の規模が巨大化すると、どこかの段階で森が保水できる量が限界に達し(飽和し)、それ以上の雨の水は保水されることなく流出します。その限度を超えれば、深い森も保水についてはコンクリートの窪地と同様となります。

森林が深くなれば枯れ木、枯れ枝なども増え、強風による倒木も増えます。森と豪雨に関係する専門家たちの間では、今後予想される超巨大な豪雨の場合には、森の規模が大きいケースの方が、土砂災害、斜面・山自体の大規模な崩壊の危険は高くなると考えられるようになりました。

上・中・下流と流域の水量が増すと…

保水された分を差し引かれて流下する水は、上流、中流、と流下に沿って支流流域からの流れを合わせ、下流へと水量を増していきます。水量が一気に増せば、通常の川の範囲を超えて水があふれ、時間差で再び川に戻ってくることもあります。

増水した流れが、普段は水の流れない川辺の湿地帯や田んぼにあふれ、広がって、川そのものの流下速度を落とす(一時的に滞留する)ような状況になれば、それを氾濫と呼びます。

大規模な氾濫は流域の低地で起きるのが一般的ですが、上流や中流の川沿いに低地や盆地があれば、そこで大小の氾濫が起きることもあります。そのような状況になれば、その分だけ下流での川の流れは穏やかになります。下流の事情を優先させて、上中流での小さな規模の氾濫、あるいは、人為的に決められた場所での氾濫のことを遊水と呼びます。

「遊水地(池)」という名前で呼ばれるような場所を公に設定して、下手の流量を計画的に減少させる工夫は、昔から各地で進められています。ただし、最下流、低地のまま海につながる河口部で起こる氾濫の場合は特別です。定義上、さらに下手の氾濫はありませんので「遊水」と呼ぶことはできません。これは大氾濫と呼ぶしかなさそうです。

集水された雨の水は、さまざまな程度に保水され、合流を受けて増水し、一部は遊水されながら下流に向かい、時に大氾濫を起こして、海へと排水されていく。

『生きのびるための流域思考』(筑摩書房)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

これらは流域生態系が雨を受けて引き起こす自然現象なのですが、特に田畑や池などによる保水や、田畑や町における氾濫は、しばしば人の暮らしの安全を脅かす事態となります。人の視点から、水に関わる災害、水害と呼ばれる事態にもなります。

これまでの行政の仕事の分野では、流域生態系において、河川の構造を改変・整備し、また下水道の構造も工夫して水害を防止することが「治水」と呼ばれてきました。

しかし、行政の制度の枠を越えて素直に考えれば、河川や下水道の設備だけではなく、山地・丘陵、森、田畑、池、町等々における保水・遊水の力など、流域地形・流域生態系の諸要素の効果を総合的に利用、整備、調整することで治水目的を達成する方式こそが治水の基本、となるべきだと思います。

豪雨災害が続く昨今、今までの治水には限界が見えてきたこともあり、2020年、国が宣言した「流域治水」は、そのような総合的な治水のことを指しています。

岸 由二 慶應義塾大学名誉教授

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きし ゆうじ / Yuji Kishi

1947年東京生まれ。横浜市立大学生物科卒業。東京都立大学理学部博士課程修了。進化生態学。流域アプローチによる都市再生に注力し、鶴見川流域、多摩三浦丘陵などで実践活動を推進中。NPO法人鶴見川流域ネットワーキング、NPO法人小網代野外活動調整会議、NPO法人鶴見川源流ネットワークで代表理事。著書に『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)『流域地図の作り方』(ちくまプリマー新書)。共著に『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)、訳書にウィルソン『人間の本性について』(ちくま学芸文庫)、共訳にドーキンス『利己的遺伝子』(紀伊國屋書店)など。

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