五木寛之「長く深い夜には夜の生きかたがある」 再び注目「夜明けを待ちながら」著者が語る哲学

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五木 :いまは、ネットのなかでそういう無意識の偏見や情念がチェックされている状況かもしれません。それに加えて、最近はデジタル化がものすごい勢いで進んでいるでしょう。DX(デジタル・トランスフォーメーション)が進行していくと、無意識の価値観や情念までAIで分析されたり、監視されたりするのが当たり前になっていくことになります。

意識は、自分である程度コントロールできるんです。柳田国男のように農民の立場に立って国家に対して批判があったとしても、彼は役人でしたから、これを出すとまずいと思って抑えるってことができる。だけど、無意識の差別や情念は抑制できません。

昔は思想統制があって、特高と呼ばれる秘密警察が社会主義者や反国家主義者の言論を取り締まっていたわけだけど、これからはデジタル技術を駆使して、人々の無意識をえぐりだすような怖い時代に入ってくるかもしれない。「この人は口では体制的なことを言ってるけど、本質的には左翼だ」というようなことが、AIで簡単に判定されてしまう。

あるいは、会社に入るときに人物考査があったら、「私は差別感を持ってません」と本人が言っても、その人間のありとあらゆるデータを分析して、「いや、あなたは差別感を持ってます」と言われてしまうこともあるでしょう。

コロナ後の世界は「感情」がせり出してくる

――五木さんは被差別の世界についてもさまざまな著作を書かれてきました。

五木 :個人的に多少、差別に敏感なところはあると思います。自分が引揚者という立場で、戦後、外地でかつての支配者の一族として弾劾され、差別されたし、この祖国に帰ってきたら引揚者ということでまた大きな差別にぶつかった。自分がそういう差別を受けたという体験があるものですから、差別には無意識のうちに敏感なんです。

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ただ、差別の問題は本当に難しくてね。白人優位、男性優位の社会を当たり前の空気として吸ってきたわれわれ旧世代の人間は、無意識のところに差別感情が根深く巣食っているんです。でも、自分ではそれに気づけないところがある。そういうどす黒い怪物のようなものがデジタル的にえぐり出されるんですから、難しい時代に入っていくと思います。

一方では、「利他」ということが注目されている。「自利利他」といって、本来は仏教用語です。利他の思想のように、強欲な資本主義を反省することで、感情の力を回復させようとしている動きもあるけれど、他方で無意識の差別感情がデジタル的に判定されてしまう時代でもあります。いずれにしても、コロナ後の世界は、「感情」ということが大きな問題としてせり出してくるんじゃないでしょうか。

(後編に続く)

斎藤 哲也 ライター・編集者

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さいとう てつや / Tetsuya Saito

1971年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。

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