エヴァの「マリ」TV版にはいなかったキャラの正体 新劇場版から登場、既存のエヴァ世界を壊す役割

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『:破』の時点で、マリが『エヴァ』世界を破壊するやり方を「シンジを寝取ってしまうことで、それまでのキャラクターの関係性を壊してしまうのか、ハチャメチャなギャグキャラとしてシリアスな世界観をぶち壊すってことなのか」と、シンジとマリがくっつくという結末のアイデアを鶴巻は既に述べている。

マリの声を演じた坂本真綾の演出も鶴巻主体であったようだ。「庵野さんは前に『エヴァの登場人物は全部自分だ』という話をしていて(中略)もし、マリも彼らと同じになってしまったら、そういう世界を壊すことなんてできないでしょう」(同)と鶴巻は言っている。つまり、本作における「他者」を入れて閉じた世界を壊すことの象徴が、マリなのだ。

しかし、そのような世界を壊す外部の存在となると、庵野は、シナリオを全部知っている存在にしたがってしまったようだ。そうすると、ゼーレやカヲルにキャラが似てしまう。「この方向性だとマリを物語の外からやってきたメタフィクション少女にでもしないと、カヲルに対抗できないですよ」(同)と鶴巻は言った。実際、作品の中における機能としてはそれに近い形になった。

マリは安野モヨコと重ねられて解釈されがちだが

だから、ネットの考察でマリは庵野の妻、安野モヨコと重ねられて解釈されがちである。とはいえ、それは少々短絡的ではなかろうか。

たしかに、結婚を契機に始まった、自分とは異なる他者と共生するという庵野自身の経験によって拓かれた認識がマリおよび新劇場版に影響を与えたということは言いうるかもしれない。マリは、自己や自意識の外部、他者そのものの象徴だ。彼女の役割は、実写映画の『式日』『キューティーハニー』の要素を『エヴァ』に入れることに近いのだ。摩砂雪は「庵野からは確か『式日』みたいにしてって言われたのかな」(同)と言っている。だから、マリと安野モヨコを重ねた解釈をしたくなる気持ちも分かるのだが、端的にそれは事実と異なっているだろう。

『安野モヨコ ANNORMAL』(2020)は安野モヨコの漫画家デビュー30周年記念展覧会の図録も兼ねた1冊だが、ここに所収されている庵野のメッセージや、安野モヨコ自身のインタビューなどを読む限り、安野モヨコがハニーやマリにダイレクトに似ているとは言えない。

同書で安野モヨコは「今も人との距離感がうまくつかめない」(p294)と、率直に語っている。そうであるがゆえに安野モヨコは、過剰に気を遣い、頑張りすぎるタイプのようで、『エヴァ』世界のキャラクターで言えば、マリというよりは、アスカなど旧作からの登場人物に近い。

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