エヴァの「マリ」TV版にはいなかったキャラの正体 新劇場版から登場、既存のエヴァ世界を壊す役割

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『:破』で、もう一つ、印象的な大きな違いが、食事のシーンである。たとえば、アスカとトウジの喧嘩を、シンジが弁当を差し出して止める描写がある。『美味しんぼ』か『クッキングパパ』のようだ。

アスカはレイに「生き物は生き物を食べて生きて」いるので、弁当を残すなと説教をする。同様の主張は、『シン・』の第3村で食事をしなかったシンジに対してヒカリの父からも発せられる。『エヴァ』世界における新しい思想がここにあるのだ。

レイは、料理を勉強し、ゲンドウとシンジを仲良くさせるために食事会を開こうとする。アスカも対抗して料理をしようとするが、レイの動機がゲンドウとシンジに「ポカポカしてほしい」ということだとわかり、彼女の計画に協力する。エヴァ3号機の起動実験が食事会の日だと知って、ぶち壊しにならないように、こっそりテストパイロットに志願するのだ。他者を拒絶する存在の象徴だった綾波が、人間性や感情、愛などの感覚を持ち始めており、アスカもかつてのように敵対的ではなく、配慮をしている。そんなアスカに、綾波はお礼の電話までしている。さらには、毎日挨拶をするようになる。綾波が、社会性を持っていく、発達のプロセスを見せられているかのようである。

この新劇場版の変化には庵野の妻の存在が大きく関係している。庵野は極端な偏食であり、食事にあまり興味を持っていなかった。それが、結婚によって変わったと本人が言っている。「嫁さんの影響が大きいです。彼女のおかげで、僕自身が少し変わったところですね。それで食事のウエイトを上げてみたんです」(『:破 全記録全集』)。この食事の主題は、無機質で抽象的な方向ではなく、具体的な身体を持ってこの世に存在していることを是認する方に向かおうとする思想の現れであろう。

精神的に危険だった庵野秀明を立て直した安野モヨコ

安野モヨコ『監督不行届』などによると、安野と出会った頃の庵野は精神的に相当危険であり、生活も乱れていたらしい。それを立て直したのは安野だ。

『シン・エヴァンゲリオン論』(河出書房新社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

結婚生活とは、異質な他者との共同生活である。筆者も共感する部分があるのだが、自分自身ではない存在と共同生活をするとは、その異質性を如何に許容し合うのかが肝である。自分自身の思い通りにすることは叶わないものである。理想の相手など、この世には存在しないのだ。他者には誰でも、嫌いなところはあるはずだ。自分だって、他の人間にとってはそうだろう。

理想の相手でなければ付き合わない、結婚しないと考えていると、結婚はできない。この世に存在しない相手を求めるよりも、現実の生身の身体を持った相手そのものを受け容れ、許容し、忍耐する。そのような愛が必要なのであって、それはプラトニック・ラブにおける観念化した愛とは異なるものである。そのような他者との共存の感覚が、おそらくは新劇場版の内容と作り方に反映している。そしてその要素は、『シン・』で描かれるゲンドウの内面吐露へとストレートに繫がっていく。

藤田 直哉 批評家

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ふじた なおや / Naoya Fujita

1983年、札幌生まれ。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。日本映画大学准教授。著書に『虚構内存在』『シン・ゴジラ論』『新世紀ゾンビ論』『娯楽としての炎上』他。

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