有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ビジネス

最後の大桶職人が抱く「木桶文化」存続の焦燥 "本物のしょうゆ"は消えてしまうのか

8分で読める 有料会員限定
2/4 PAGES
3/4 PAGES
画像を拡大
地理的な諸要因から堺が桶製造のメッカとなった

堺が桶や樽製造のメッカとなったのは、背後に紀州・吉野の山を擁し、良質な吉野杉の調達が容易だったことが大きい。さらに刃物の名産地であること、灘・伏見の二大醸造現場への供給に有利な立場にあることなどが有利に働いた。

堺には優秀な桶職人が数多くいた。大正時代、上芝氏の祖父が桶屋を始めた当時には、堺の桶樽協同組合だけで47軒もの桶屋が名を連ねており、藤井製桶所は大桶を造る桶屋の中では新参者だった。

需要が減れば発注も減る。同業はどんどん引退していった。その結果、思いもよらぬ苦労が待ち受けていた。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ビジネス

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数