アメリカの「インフレ深刻度」のやさしい見極め方 ある「重要な指標」を見ておく癖をつけよう

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前出のドットプロットに関しては、あくまでもFRB高官の個人的な意見であり、必ずしもFOMCの意向を反映しているものではないと言われている。それゆえ、今回の結果をもって、利上げの時期が大幅に早まったと判断するのは尚早だ。個人で「早期のテーパリング開始や利上げが適切」と考えていても、FOMCの一員としてはパウエル議長の意向を尊重し、実際には緩和的な政策に賛成してきたメンバーがほとんどだったのは事実である。

だが、ここまでFRB高官のコンセンサスが早期の利上げの方向に変化したとなれば、パウエル議長の意向にかかわらず、状況が変わってしまうことも十分にありうる。

実際のFOMCでは議長が議論を主導、最終的に方針を提示しそれを投票権のあるメンバーが承認するというプロセスが採られる。よって、今後は仮に議長が依然として金融緩和継続を望んでいても、反対票が多く出るような方針を無理矢理提示することは難しくなり、結果的に政策もタカ派的なものに変化していくと思われる。

これまではタカ派的な主張をするメンバーが、積極的な緩和策に対して反対票を投じることが多かった。だが、これからは今回2023年度もゼロ金利政策が維持されるとの見通しを示した5人のハト派的なFRB高官が、金融引き締めへの転換を進めるような政策の変更に対して、反対票を投じるというケースも考えられる。

今後の注目は「市場のインフレ期待の高まり」

そうした中で、今後の鍵を握るのは、市場のインフレ期待の変化だろう。パウエル議長も今回の会見で、長期のインフレ期待の高まりに対しては何度も言及、警戒感をあらわにしていた。今のところは、足元の物価上昇が一時的な現象にとどまる可能性が高いと考えられている。だが、インフレが思った以上に長く続くと、それに伴って市場のインフレ期待が高まり、それが持続的な物価上昇につながる可能性が高まってくるからだ。

債券市場のインフレ期待を表す重要指標の1つとされる、通常のアメリカ国債と、TIPSと呼ばれるインフレ連動債の利回りの差(ブレークイーブンインフレ率)は、今年に入って節目の2%を超え、5月前半には一時2.7%台まで拡大した。インフレ期待が一段と高まれば、仮に足元の一時的なインフレ要因がなくなっても、物価が高止まりする可能性が大きくなる。こうした利回りの差は、ブルームバーグなどのサイトで常にチェックする習慣をつけておくとよいだろう。

そもそも、インフレ期待とは「将来のインフレに対する市場の不安を反映したもの」とも考えられる。例えばあるメーカーの経営者が、将来インフレが進み、仕入れコストが上昇すると考えれば、利益を確保するために事前に自社製品の値上げに踏み切ることもありうる。インフレ期待が高まるだけで、実際のインフレが進む理由はここにある。金融当局者がインフレ期待の高まりを警戒するのは、ごく自然な流れなのだ。

パウエル議長をはじめFRB高官はこれまで「インフレは起きたとしても一時的だから心配しなくてもよい」と、口先で市場の不安を抑えようとしてきた。だが、4月のFOMC以降、消費者物価指数が2カ月連続で市場予想を大幅に上回るなど、状況は一変した。足元のデータを受け高まった不安は、もはや口先だけでは抑えられないと、判断したのだろう。

だとすれば、FRBは今後具体的な行動に出ることで市場の不安を抑えようとすることになるが、その行動は早ければ早いほうがよいということになる。もちろん今後の物価関連指標の内容次第ではあるが、いったんFOMCの方針が変われば、思った以上に速いペースで引き締めを進めていることになっても、何ら不思議ではないと考えておいたほうがよい。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

松本 英毅 NY在住コモディティトレーダー

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まつもと えいき / Eiki Matsumoto

1963年生まれ。音楽家活動のあとアメリカでコモディティートレードの専門家として活動。2004年にコメンテーターとしての活動を開始。現在、「よそうかい.com」代表取締役としてプロ投資家を対象に情報発信中。NYを拠点にアメリカ市場を幅広くウォッチ、原油を中心としたコモディティー市場全般に対する造詣が深い。毎日NY市場が開く前に配信されるデイリーストラテジーレポートでは、推奨トレードのシミュレーションが好結果を残しており、2018年にはそれを基にした商品ファンドを立ち上げ、自らも運用に当たる。ツイッター (@yosoukai) のほか、YouTubeチャンネルでも毎日精力的に情報を配信している。

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